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» 2019年03月27日 18時20分 公開

林信行が読み解く Appleが4つのサービスで見せた良質なサービス作りの姿勢 (1/3)

Appleという世界一資金を潤沢にもつ企業が、その資本力を投じることで、もう1度、それぞれのサービスに本来の良さを取り戻そうとする姿勢――これに筆者は“ノブリス・オブリージュ”を感じずにはいられない。

[林信行,ITmedia]

 「これまで数十年、Appleはワールドクラスのハードやソフトを作ることで知られてきた。一方、私たちは少しずつワールドクラスのサービスも増やしつつあるが、今日の発表は全てそれにまつわる話です」――ティム・クックCEOは、こんな言葉で今回のApple Special Eventを切り出した。いわく、ハードとソフトとサービスが、それぞれ継ぎ目なく密接に連携することで他社よりも優れたサービスが提供できるという。

Apple CEOのティム・クック氏

 そうして「Apple News+」「Apple Card」「Apple Arcade」「Apple TV+」の4サービスが発表された。これらのサービスが描く新しいライフスタイルの在り方には、まだ夏や秋まで提供が始まらないものも多く、日本での提供が明らかになっているものもない。

 だが、そこで紹介された未来のライフスタイルには、日本のユーザーも大きく心を動かされるはずだし、ライバル企業の人々も大きなインスピレーションを受けるはずだ。

スティーブ・ジョブズシアターで行われたApple Special Event

安心して使える電子マネー

 感心したのは「何か嫌な方向に進化しているな」と思っていたものごとをAppleがきちんと正そうと試みていること。その細かい配慮にAppleのデザイン力(=課題解決力)の凄さを感じたのはなんといってもApple Cardだ。

 これはApple Payを前提にクレジットカードの再発明を狙ったものというが、健全さを基盤に再発明した新しい電子マネーといってもいいかもしれない。

 クレジットカードというと金利が高かったり、支払日に柔軟性がなかったり、ついつい使いすぎて困ってしまったり、明細を見ても何に使ったお金か分からないことが多かったり、ポイントがたまってもうまく活用できなかったりと、便利なようでいろいろな不満点がある。Apple Cardは、Appleがうたうハードとソフトとサービスの継ぎ目のない融合で、これを見事に解決した。

これまでのクレジットカードの不満を解決するApple Card

 カードといっても、本体はiPhoneのウォレットアプリに入れて使うヴァーチャルなカードで、支払いの度にそのときだけ有効なカード番号を使って決済をするので、誰かに盗まれて悪用される心配はない。iPhoneを盗まれても指紋認証のTouch IDや顔認証のFace IDを通さないと支払いができない最も安全なカードになっている。

Apple CardはApple Payが基盤

 その上で、返済もボタン1つで即行ったり、後にずらしたり、毎月指定日ではなく2週間おきなど好きな間隔に設定することもできる。支払い期限を延長する場合は、それによってどれほどの金利が発生するかを明瞭なグラフで表示してくれる。

 ウォレット内に収納されるApple Cardを開くと、現在、いくら使っていて、いつが支払い期限で、最近、何に使ったかが表示される。使途についても、お店の住所など不明瞭な表示をせず、チェーン店などではお店のロゴマークを表示するなど分かりやすい表示になっており、必要ならどこのお店だったかを地図表示させることもできる。さらには食費、買い物など用途ごとにカテゴリー分けされグラフ表示されるなどマネー管理の機能も充実している。

マネー管理の機能もある

 利用者への還元は使える場所が定められたポイントではなく、毎日、その日の利用額に応じた額がDaily Cashとして自動的に返済に充てられる。そしてカードについて何か困ったことがあれば、ボタン1つで、すぐにチャットでサポートを呼び出せる。

 同サービスは、Goldman SachsやMastercardの協力を経て提供されるが、これまでのクレジットカードで不安だったところを、最新のテクノロジーとデザインで見事に解決した、まさにクレジットカードの再発明である。

 これと比較してしまうと、最近、過当競争となっている一時的なポイント還元キャンペーンや対応店舗による覇権争いが中心の日本の電子決済サービスとは別次元で、かなり進んだレベルでの電子マネーとなっておりうらやましい限りだ。

 ちなみに、既に記したようにApple Cardの活用はApple Payベース、つまりApple Pay対応端末が置かれた店やWebサイトに限定される(米AppleのWebページには「Apple Payが使える世界中のお店」と書いてあり、米国人が日本を訪問したときにも使えるのかは気になるポイントだが現状では不明だ)。

 では、Apple Payの決済端末がないところではどうなるかというと、なんとApple謹製のチタニウムの板に自分の名前がレーザーで刻まれたカードが用意されるので、これを使ってクレジットカード端末を使って支払いができるのだという。

 これまでの見慣れたクレジットカードとは全く異なる見た目で、カード番号や利用者のサイン、署名や背面の番号などは一切印刷されておらず、磁気とICチップだけで決済する。万が一、カーボンコピー用紙で、カードにエンボス加工された数字を写し取って決済しているお店がまだ残っているとしたら、おそらくそこでは使えないが、Appleがこれからの時代のマネーの在り方を、いかに微に入り細に入り作り込んでいるかが伺える。

レーザーで名前が刻印されたチタンの1枚板。カードナンバーやセキュリティコード、有効期限などの記載は一切ない

 なお、通常のクレジットカード会社だと顧客がどのお店でどんなものを買ったかといった詳細がカード会社に丸見えな状態なことが多いが、そこはプライバシーにこだわっているApple。ユーザーが何を買い物したかの情報は一切、認知しないという宣言を立てている。

 クレジットカードそのものがビジネスになっている信販会社と違って、AppleではApple Cardの普及でiPhoneが売れれば、そちらで利益を得られるので、それを使う人の個人情報まで搾取して利益につなげなくて良いのだ。

 これは他のApple製サービスにも共通する強みの1つだ。サービスだけを商品としている会社は、そのサービスを通しての利益を最大化しようと、後からいろいろなサービスを追加したり、利用履歴の情報を活用したりといった力学が働く。

 これに対してAppleは純粋にiPhoneなどのハードの売り上げだけで、時価総額世界一位の会社となるだけの利益を得ているので、それ以外のところでは「ノブリス・オブリージュ」が働く(財産、権力、社会的地位を持つ人が社会の模範となるように振る舞いを行うこと)。

 まさに、これこそがAppleが、これからの時代のライスタイをルデザインするに当たって一番信頼できるポイントともいえる。

 うらやましい限りのApple Cardのサービスだが、日本で展開するとなるとおそらく金融庁との話し合いも必要だし、実現までにはそれなりの時間がかかることだろう。日本の決済サービスが、旧来のテクノロジーでこのまま表面的な競争を続けていると、日本の消費者だけが米国に取り残されていってしまうのではないかと不安になってくる。

 グローバル企業であるAppleは、チャンスがあれば日本でもこのサービスの展開を考えるはずだ。Apple Cardの発表を見た国内企業は、対岸の出来事と捉えるのではなく、電子マネーサービスを根本から考え直して日本で展開することを願うばかりだ。

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