おいっ子が1カ月の短期留学に出かけた。ホームステイで語学の研修と海外文化の体験を行うという。場所はカナダのオタワで、日本からは飛行機とバスを乗り継いで15時間近くかかるらしい。
普段はChromebookを使っているが、今回はPCを持たず64GB iPhone 8で乗り切るとのこと。日頃はLINEで「今日のラー麺」「本日のスイーツ」「お勧めのプログレ」といった取るに足らないやりとりをしているが、おいっ子の両親からは「留学をしているのだから、日本を想起させるやりとりは期間中厳禁、やりとりも英語で」との達しがあり、文字通り生暖かく見守っていた。
そんなこんなで留学から3週間が経過した頃、真夜中に1枚の写真と「おじさんの好きそうなところにきた」というメッセージがLINEに送られてきた。
どうやら、オタワ近郊のレコードショップらしく、CDとともにLPも売っているようだ。
せっかくカナダに行ったのだから、現地で今はやっている現地の音楽を買うようにと伝えたところ、「そんな高いの買えないよ」と困り顔。そんなことよりも、お土産を買うから好きなモノを選べとLINEのビデオ通話がいきなり始まった。どうやら、部屋にLPを飾っていることを覚えていてくれたらしい。
店内のどこかにエサ箱(特価品をまとめた箱)があるはずだから、まずはそれを探すようにと指令を出したところ、程なく該当の場所を見つけ、iPhone 8のカメラを使って映像を送ってきた。
「これがキレイだからいいんじゃね」と真っ先に勧められたのがデビット・ギルモアの「About Face」(邦題:狂気のプロフィール)だ。ずいぶん直球勝負でくるなと感心していたが、おじさんの部屋におじさんの顔がでかでかと印刷されたジャケットを飾るのはあまりにふびんだ。しかし、パタパタとめくられるLPがキッスの「Alive II」やアバの「Super Trouper」、モット・ザ・フープルの「Live」(邦題:華麗なる煽動者)、と、見事にストライクゾーンの1970〜1980年代のモノばかりで、今すぐ飛んでいきたい衝動に駆られてしまう。
ただ、どれも価格は11カナダドル(日本円で900円程度)とお高い。新宿や下北沢であされば500円以下で手に入るブツばかりだ。何より、持ち帰るのが面倒だろうとその旨を説明すると、「薄くてスーツケースに入れやすい。いいから1枚選べ」と催促される。
本当は、さっきちらっと画面に映ったローリング・ストーンズの「Rock and Roll Circus」(Blu-ray盤)が欲しいんだよ、と喉から声が出かかるも、日本盤では1万円を軽く超える代物だ。旅の餞別(せんべつ)で渡したものが軽く相殺されてしまう。
ここはグッとこらえて、お隣の米国で1976年に発売されたスティックス「Crystall Ball」を頼んだ。B面ラストの「Clair De Lune / Ballerina」(邦題:月の光〜バレリーナ)と水晶玉を模した写真がジャケット両面にあしらわれているが、新加入のトミー・ショウ作のタイトル曲が有名な1枚だ。
ジャケットの状態は、LINEの荒い映像からも一目で分かるほど悪い。これは日本なら100円で買えるぜと心の中でそっとつぶやきつつも、おいっ子の気遣いに感謝してLINEを終えた。
来る8月20日は、キヤノン販売が漢字ROMを後から実装するという荒技で手がけた日本初のローカライズドMacintosh「DynaMac」が発売されてから34年を迎える。現在のアップルが2バイト文字と本格的に向きあって開発し、漢字Talkとして結実する前の話だ。
現代に生きていると、多言語対応が当たり前と思ってしまいがちだが、それはつい最近の出来事なのかもしれない。カナダの語学学校では、たまたまヨーロッパ圏から集まった子が多く、もっぱらWatsAppを使っていたそうで、LINEの出る幕はなかったという。
1週間後、無事に帰国して手渡されたお土産にはポスターが付いていた。何やら店員さんが日本語を学んでいたらしく、おいっ子が日本から来たことが分かると、盛んに話しかけてきてオマケでポスターを付けてくれたそうだ。
そこには、何と「Rock and Roll Circus」の販促ポスターがあった。約28×43cmの小さなものだが、もうおじさんはこれで大満足。早速LPを再生してパチパチと随時入るノイズ音を聞きながら、2年後にはセンター試験改め「大学入学共通テスト」の1期生となるおいっ子が壁にぶち当たったら、A面最後を飾るCrystal Ballを送ろうとひそかに思った次第であった。
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