動揺か実装か、コロナに直面した電子国家エストニアと市民のメンタリティーtsumug edge(1/3 ページ)

» 2020年09月18日 12時00分 公開
[tsumug edge]

 北欧に位置するエストニアは、「電子国家」として世界の注目を集めている。しかし、実際の生活がテクノロジーでどのように変化しているのか、その実態は不明な部分も多い。エストニアに移住した筆者が見る、電子国家のリアルを紹介していく。

この記事について

この記事は、オウンドメディア「tsumug edge」からの転載です。

tsumug edgeとは

万物があらゆるサービスとつながるコネクティッドな世界では、物理的なものや場所といった制限がなくなります。tsumug edgeは、そんなコネクティッドな未来を紹介するメディアです。

筆者紹介:高木泰弘

セントラルオクラホマ大学マーケティング専攻。リクルート勤務の後、コワーキングスペースsharebase.InCを創業。株式会社WCSのCFOを経て現在エストニアのトランスファーワイズ勤務。


 その日は、Funderbeamというブロックチェーンを使って運営される証券取引所の周年パーティーだった。常連となっているエンジェル投資家を招き、クロアチア、ブラジル、シンガポールなど各地とつなぎながら、今話題の企業などについて話していた。

 僕はアルコールは苦手なのだが、手持ち無沙汰に耐えかねて地元のシードル(りんごのお酒)を飲みながら、ほろ酔い状態で投資家の方々と談笑していたのだが、その時の話が印象深かった。ある中年男性に「投資以外は何かやっているのか」と聞いたところ、ボートのハイヤーサービスをバルト三国とフィンランドでやっているとのことだった。

 「海関連の法律って全然詳しくないんですが、トラブルとかなかったですか?」と聞くと男性は顔色も変えずに「問題ないよ。政府に友達がいればね」と言った。

エストニア タリン・ヘルシンキ間のフェリーより(筆者撮影)

 え、賄賂とかかな……と思いながら慎重に深掘ってみると、法規制上問題はあったそうだが、その「政府の友人」のおかげでさっそく法整備が始まり、すぐにビジネス化できたそうだ。エストニアで実績を作り、他国へ進出していったそう。

 こういう話はエストニアで非常に多い。例えば暗号通貨がはやったときにはすぐに取引所とウォレットに対するライセンス制度が整った。日本だと承認されるまでに1〜2年はかかるところが、エストニアではオンライン審査で1〜2カ月で回答が得られるようになった。政府がスタートアップのための規制緩和に前向きなこともあるし、そもそもコミュニティーが小さいので、法整備といえども結局は人のつながりでどうにかなってしまう、ということもある。

 今回コロナショックの影響で、一斉に会社やモールなどが閉鎖されるなど動揺が広がったが、政府の柔軟さと国民のスタートアップ精神でさまざまな方面に活路を見出し、すぐに動く形でサービスが実装されている。実際にPOLITICOの調査が行った国ごとのパニック指数(10段階)は、人口当たり感染者数が変わらないフランス(7)やデンマーク(5)に比べて、エストニアは3と比較的落ち着いていると言える。

 「ソ連時代は配給だったからね。スーパーが開いているだけましだよ」とエストニア人の妻は語る。10歳まで配給で生活し、メディアはソ連のものしか許されていなかった。そういう世代が今のエストニアの30〜40代で、今各所の前線で活躍している。

 今回はコロナショックの中で政府と市民、スタートアップなどがどのように団結し危機を契機に変えようとしているかについて触れたいと思う。

世界から1万2000人が参加したハッカソン

 電子国家といってもその中身は多彩で、スタートアップを支援する機関(Startup Estonia)や電子居住権を発行する機関(e-Residency)、政府の機能を電子化する機関など、それぞれ違う動きをしている。

 スタートアップかいわいでは、立て続けにWithコロナ、Afterコロナに向けたハッカソンがいくつも開催された。3月13日にはStartup Estoniaが主催する「HACK THE CRISIS」を始めとして、一番目立つのはコロナショックの中で開催された、世界中の有志を巻き込んだハッカソン「GlobalHack」だろう。なんと参加者は1万2000人だ。

 10のカテゴリーのトップには1万ユーロが支払われ、全体を含めたトップにはさらに1万ユーロが支払われる。ハッカソンとは言うが、実際に稼働しているスタートアップも参加可能な異種格闘技戦だ。副賞も合わせて、賞金総額は20万ユーロという大きな規模で行われた。

 500を超えるプロジェクトの中からTomas Pueyo氏の、ハンマー&ダンス戦略(わかりやすい記事はこちら)に則って、「新規感染者<検査・追跡・隔離能力」の不等式に貢献する、つまり左辺を下げて右辺を上げるプロジェクトに整理して、面白い順に紹介したいと思う。

新規感染者を減らすプロジェクト

 総合優勝も手にしたSunCrafterは、使われなくなった太陽光電池をアップサイクルし、電力供給のない場所でも持続可能な消毒装置を提供できることがウリだ。ハッカソンメンバーの一員であるベルリン拠点のSunCrafter GmbHは、大量に廃棄される太陽光電池のアップサイクルを生業にしており、こちらのYouTubeのビデオからはヒッピーらしさも感じさせる。まさにベルリンらしい会社だ(ドイツのエネルギー協同組合など、先進的な事例を知りたい方はこちらの書籍がお勧め)。

 特に筆者が最近気になることは、清潔さを保つためにいかに水を多用しているかだ。手洗い、食器洗い、洗濯、トイレ、シャワーなど、人間が飲む量をはるかに超えた洗浄用の水が使われている。先日モロッコの砂漠に行った際には、いかに水を使わずに生活するか、非常に悩まされた。1回トイレに流す水と同じ量を飲料に回すだけで、1日は耐えることができる。

 そんな中で頻繁に手を洗うことなんてぜいたくの極みだ。そういう点で、装置そのものだけで持続可能な消毒ステーションには、長い目で見ても可能性を感じた。

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