自由競争をうたって無法地帯を広げるIT企業に、政府はどのような後方支援をすべきか(4/5 ページ)

» 2022年08月23日 12時30分 公開
[林信行ITmedia]

政府は開発者の競争だけでなく消費者の安全を最優先すべき

 シリコンバレーを中心にしたIT業界は、しばしば、まだ誰も踏み出したことがなく規制もない領域を新たに開拓しては、そこに新市場を作る。そこでは自分が全てのルールをつくる創造主であり、先行者利益である程度、好き勝手にルールを作り出す企業が少なくない。

 そのような中で、登録するアプリ1本1本を人間が審査するというApp Storeが採用したルールはかなり異色だ。そもそも売るアプリが増えれば、Appleも収益が増えるはず。それなら審査などなくして、どんなアプリでも提供した方がAppleにとっては得が大きい。Appleといえば、時価総額でも世界最高の企業であり、そこに集まっているのは世界最高峰の頭脳とも言える人たちのはずだし、そんなことは百も承知なはずだ。

 それなのに、彼らはなぜ自社の不利益にもなりかねない、こんな厳しいルールを設定したのか。サイドローディングを検討する委員の人々には、是非ともその意味を、もう1度きちんと考えてもらいたい。

 筆者は、この件では2つ責任感が大きく関係していると思っている。1つはブランドを大事にする企業であること。つまり、長期視点で顧客からの自社製品への信頼を育んでいる企業としての顧客に対して感じる責任感だ。そしてもう1つは、IT業界を45年以上に渡って牽引してきた大人な企業としての責任感で、リーダーとしてIT業界全体の健全化をしていこうという責任感だ。

 残念ながら、成功している全ての企業がこうした責任感を感じているわけではない。

 巨大IT企業として、よくAppleとひとくくりにして語られることの多い、大手ECサービスのAmazonもアプリではなく物理的商品を取り扱うという点が違うだけで、App Storeと似た販売サービスであることは変わらない。しかし、最近、商品の出品者やその商品を十分に審査しておらず、粗悪品の販売や詐欺まがいな行為が横行し、度々問題になっている。

 この問題を指摘すると「ECサイトはApp Store以上に取扱商品が多いから、全て審査することは無理」という指摘を受けることがある。だが、それなら聞きたい。App Storeも審査をしていなければ、さらに多くのアプリの登録があったのではないかと。

 商品点数が多いから審査ができないのではなく、審査がないから粗悪なものも含めて取り扱い商品が増えるという側面もある。

 そもそも複数の企業が商品を販売するECモールがどうあるべきかというルールはない。だから、早期参入者のITベンチャー企業は、しばしば、手間やコストのかかることを割愛したサービス設計を行い、それでサービスを提供する。

 これまでIT業界では「β版(開発途上版)のサービスだから」とか、「問題の報告があればどんどん改善していく方針」という言い訳が公然とまかり通っており、それで言い逃れができた。

 その点、日本では顧客の目も法律の解釈も厳しい。そのため2000年代初頭、日本のITベンチャーかいわいでは、日本は規制が厳しすぎるからITベンチャーが伸びずシリコンバレーのITベンチャーに負けっぱなしだという不平がIT業界からよく聞かれた。

 だが、英ケンブリッジ・アナリティカによりFacebookの利用データなどが、BREXIT(英国の欧州連合離脱)や米国大統領選における世論捜査などに使われていたことなどが明るみに出た頃から世界の風向きは一変し、これまで自由過ぎたIT企業が、消費者に対して責任を果たすよう規制強化をする機運が高まり始めている。

 ヨーロッパでも、シリコンバレーのIT系ベンチャーと対峙させる形で、「Technoligy for Good(善良なテクノロジー)」の開発をうたい、毎年、パリで開催される「Viva Technology」では、エマニュエル・マクロン仏大統領らが壇上に立ち、シリコンバレーのIT系企業がフランス国民にどんな害をもたらしているかをつまびらかにし糾弾している。

Viva Technology

 実際、EU(欧州連合)はシリコンバレー企業に対して、かなり厳しい規制を毎年のように発表し続けている。

 そんな中で、日本は未だにIT系企業のロビー活動に押し流されて規制緩和一辺倒の動きを続けていることが多く、サイドローディングを容認する検討もその1つと言えよう。

 もっともサイドローディングの容認に関しては、EUも技術的理解が足りないのか勘違いを続けている。

 規制すべきは自ら厳しいルールで律して安全を守っている企業の側ではなく、自らの利益のために消費者への危険を顧みず「自由競争」をあおる企業の側だ。

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