“匠の技”が支えるパナソニック補聴器 佐賀工場でオーダーメイド補聴器の製作工程を見てきた(1/3 ページ)

» 2025年01月22日 15時00分 公開
[大河原克行ITmedia]

 前回は、パナソニックが手掛ける補聴器の歴史や競合との関係性について触れてきた。今回は補聴器の開発や具体的な製作工程について深掘りしてみよう。

→・耳の聞こえが悪くなると、会話の減少、社会からの疎外感も パナソニック補聴器事業の歴史とミッションから見えるもの

最新モデルの開発で目指したもの

 福岡市美野島の福岡拠点には、補聴器の開発部門がある。今回の取材では、耳掛け型補聴器であるR5シリーズの開発チームに話を聞くことができた。

photo 取材に応じていただいた(左から)パナソニック くらしアプライアンス社ビューティ・パーソナルケア事業部補聴器商品部補聴器商品開発課の下河内芳真氏、村瀬敦信氏、水代裕治氏

 R5シリーズでは、従来モデルと同様にデザイナーの柴田文江氏のデザインを採用し、人間の心に寄り添うデザインを目指した。優しい曲面を使いながら、先進性をカタチで表現し、快適な装着感を維持しながら小型化を目指したものになっている。

photo カラーバリエーションも豊富なR5シリーズ

 特に耳に掛かる部分が細くなっており、そのデザインを実現するために基板も細くする必要があった。当然、ICをはじめとする各種部品も小型化しなれば、細い基板を実現することはできなかった。

 先にも触れたように、パナソニックの補聴器はより多くの人に補聴器を利用してもらうためにデザインを重視している。R5シリーズの製品化においても、その姿勢は同じで、そのために、機構設計や基板設計などは、ボディーのデザインをベースに、それを損なわないように進めていくことになる。開発チームの手腕が試される製品だともいえる。

 実際、基本仕様を盛り込んだ当初の設計では、ボディー内に部品が収まらず、製品化に向けては、何度も試行錯誤を繰り返した。

 このとき、開発チームは大胆な一手に打って出た。従来モデルに採用していたICでは、複数のICをパッケージングしていたため、一定の大きさや高さが必要だった。しかし、R5シリーズ向けではパッケージ化されていたICを、逆にばらして個々に実装するという方法を採用。部品点数が増えても、より柔軟に部品を実装できることを選択し、形状の制約に対応していった。

 フレキ基板は折り曲げて搭載する仕様としたため、その部分には部品が実装できないという課題もあったが、その点でもレイアウトを工夫して解決している。

 従来は0.6×0.3mmの部品が最小だったが、さらに0.4×0.2mmという小さな部品を使用したり、フレキ基板そのものに新たな工法を採用したりといった取り組みも行ったという。

photo R5シリーズの内部の部品の様子
photo 上がR5シリーズに採用したフレキ基板。下がR4シリーズのフレキ基板。大幅な小型化、薄型化が図られているのが分かる

 電池や部品によっては、アンテナの位置から離す必要があり、何度もシミュレーションをしながら、補聴器単体からの信号出力が無線に影響しないようにするといった工夫も行っている。毎日のように、0.1mm単位で部品位置の修正を繰り返していった。

 開発チームでは、配線ルールの見直しにより、従来の半分以下となる0.25mmの回路ピッチとした。

 0.25mmピッチという配線ルールはパナソニックグループの全ての製品の中で最も小さいものになる。補聴器はそこまで踏み込まないと、このサイズを実現できない。

 さらに、これだけ小型化したフレキ基板であっても、量産時の歩留まり悪化を防ぐ必要がある。その実現においては、パートナー各社との協力も見逃せない。基板実装工程における工法の見直しも、細いフレキ基板を実現することにつながっている。

 部品点数は、従来のR4シリーズが55点の部品実装であったのに対して、R5シリーズでは72点と約3割も増加している。それにもかかわらず、基板面積は約30%の小型化を実現している。一般的には、ICはパッケージ化することで実装密度を高め、小型化や軽量化していくが、R5シリーズでは、逆のアプローチで解決しているのだ。

 一方で、R5シリーズでは汗や水、湿気、ホコリが入りにくい設計とし、IP68の防水/防じん性能を実現している。そのために細いゴムパッキンを新たに採用した。従来の方法ではボディーに接着剤を使って密閉する手法を用いていたが、これに比べるとゴムパッキンを使用する分だけスペースが必要になり、大型化する要因になるが、防水/防じん対策の進化には欠かせない要素として、これを採用している。こだわりには妥協しないという姿勢がある。

 そして、1回の充電で使用できる時間は36時間とし、従来製品の1.5倍に延長している。これを実現するために、電池容量の向上とReRAM(抵抗変化型メモリ)の採用、それぞれの回路の消費電流の低減、待機電力の見直しなどを図り、これらの細かい積み上げによって、長時間化を達成している。

 1回の充電時間は4時間となっており、急速充電には対応していない。この背景には、補聴器の利用形態が睡眠時には外して充電することが一般化しており、その時間で充電ができること、性能劣化が激しくなる急速充電を採用することが逆にデメリットになると考えたことにある。

 補聴器の電池交換はユーザー自身ではできないため、電池の寿命をなるべく長くすることが補聴器ユーザーには最適であるという判断も働いている。

 R5シリーズでは、最初の設計を行ってから、完成するまでに要した期間は約1年。モックアップを5回ほど作り、検証を繰り返した結果、完成させたという。

 今後も、「聞こえ」に対する進化や、充電時間の短縮化の他、日々の体調変化の見守りや健康管理、認知症対策につながるような機能の搭載に向けて、新たなモノづくりを進めていくことになるという。

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