「HHKB Classic Type-S」が示す“新スタンダード”の正体 有線専用モデルを投入した理由(3/3 ページ)

» 2026年01月13日 16時42分 公開
[瓜生聖,ITmedia]
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スタンダードの再定義

 Classic-Sの発表にあわせて、HHKBの現行モデル群は整理されることになった。在庫限りで販売終了するモデルはHHKB Professional HYBRID、そして英語配列/白以外のHHKB Professional Classic。つまり、原則としてType-S以外は終了し、唯一の例外が英語配列/白のHHKB Professional Classicとなる。

photo HHKB Professionalシリーズの再編。Type-SでないHYBRIDは廃止、Classicはバリエーションを限定

 この決定には興味深い2つの点がある。1つはType-Sではない英語配列/白のHHKB Professional Classicを継続する理由に、PFU自身が「レジェンダリーモデルとして」と明言していることだ。

 レジェンダリーモデル、つまり初代HHKBと同じ英語配列で伝統を受け継ぐHHKBの原点としてHHKB Professional Classicを残すという判断をしたことは非常に興味深い。カラーと配列のバリエーションを絞り込むことでコスト面を抑えているであろうことは容易に想像できるが、そこまでして非Type-Sを残したことにはある種の思想を感じる。

 そこにつながるのがHHKB Studioも含め、HHKBシリーズで一貫して採用されているDIPスイッチだ。DIPスイッチといえばソフトウェア的に検出/変更できない設定を物理的に指定/記憶させるため、80〜90年代のDOS/V以前のPCなどでよく見られたハードウェアスイッチだ。

 だが、周辺機器の管理がより洗練され、不揮発性メモリによるデバイス自身での記憶が容易になった現在では見かけることも少なくなった。Classic-Sにおいても前述の通り、その一部はキーマップ変更ツールで代替できている。

 しかし、それでもDIPスイッチを残していることは、HHKBの出自である「キーボードは自分の体に馴染んだ鞍(くら)であるべき」という思想を反映しているように思う。

 Classic-Sを購入する層の一部は古くからのHHKBユーザーであり、既存のキー配列に慣れている彼らはキーマップの変更など必要としていないかもしれない。

 以前からの設定方法であるDIPスイッチを残すということは、そのようなユーザーに対して「以前と同じように使える新しいモデル」を提供し続けるという一面もあるのではないだろうか。DIPスイッチには以前できたことはたとえ機能が重複しても安易にはなくさない、そういった意思が込められているように思えてならない。

 実際の鞍(くら)とは異なり、可動部品が多く精密機械でもあるキーボードの製品寿命は無視できない。

 HHKBのキーは5000万回の打鍵に耐えるとされており、もっとも酷使されるキーだけを毎日数千回たたくような使い方でも10年以上、通常のキータイプであれば20年以上のスパンで使用できる計算になる。

 耐久性の面でもHHKBは「長く使える道具」としての資質を備えているが、キー以外にも経年劣化の影響を受ける部分は多く、一生涯、同じ個体を使い続けることができるかは分からない。PS/2がUSBに置き換わったように、USBも非互換性のインタフェースに置き換わる日が来るかもしれない。だが、同じように使えるモデルが入手できるのであれば、HHKBを生涯使い続けることは可能だろう。

 そしてもう1つの興味深い点が現在の情勢、ニーズに適応したモダンなキーボードの姿が再定義されたことだ。1996年に発売されたHHKBは当初、メンブレン方式を採用していた。

 東大名誉教授の和田英一氏が提唱する「プロのUNIXユーザーのための理想の配列」から始まったHHKBであるだけに、キータッチよりも配列重視という印象があったことは否めない。その一方で、配列やデザインは平凡ながら、高耐久性/高信頼性のプロユースとして人気を博していたのが、東プレの静電容量無接点方式スイッチを採用したRealforceだ。

 配列をとるならHHKB、打鍵感をとるならRealforce、といった具合で、ある意味、両者は日本を代表する両雄だったともいえるだろう。

 状況が変わったのは2003年5月に登場した「HHKB Professional」からだ。HHKB Professionalは、まさかの静電容量無接点方式スイッチを採用し、多くのユーザーに強い衝撃を与えた。

 この大転換によって、キータッチに妥協せずとも「プロのエンジニア」のためのピーキーな配列を利用できるようになり、HHKB Professionalの支持は大きく広がった。それ以降に発売されたHHKBシリーズは全て静電容量無接点方式を採用し、HHKB Studioを除く全てのモデル名にProfessionalが付けられている。

 もっとも、近年のHHKBの動きを「世間のトレンドにやや後れを取っていた」という見方もある。Bluetoothに初めて対応したHHKB Professional BTは2016年4月、複数ペアリングと有線、キーマップ変更に対応したHHKB Professional HYBRID Type-Sは2019年12月と、いずれもユーザーからの要望が高まったタイミングで登場している。

 これは慎重かつ保守的なHHKBが刷新を迫られるほど、環境変化が進んだ節目だという見方もできる。キーマップ変更可能な静音モデルがスタンダードになったということは、それを時代が求めているということなのかもしれない。

 今後も販売が継続される3シリーズ、HYBRID Type-S、Classic-S、そしてレジェンダリーモデルであるClassicを見渡してみると、その住み分けは明確だ。無線を使いたければHYBRID Type-S、無線が不要であればClassic-S、Type-SではないHHKBがよければClassicという選択になる。

 Classic-Sもその単語から懐古調イメージを感じるが、実際には現在求められる機能を盛り込んだ、現役バリバリの新製品として仕上がっている。

 そういった意味でも、新スタンダードであるClassic-SはHHKBの入門機、そして歴戦のユーザーの買い換えにもふさわしい実力と背景を備えた製品といえるだろう。

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