Apple旧本社の壁に、スティーブ・ジョブズ氏のこんな言葉が掲げられている。
「もし何かをやり遂げて、それがうまくいったら、次の素晴らしいことを見つけるべきだ。いつまでもそこに居座り続けてはいけない」
Appleは、Apple IIの時代からこれを実践していた。同製品の人気がピークを迎える4年前の1978年、Appleは既に次世代コンピュータの模索を始める。
プロジェクト名は「LISA」。30分で使いこなせるコンピュータを目指し、最初に考えたのが「SoftKey」という操作方法だった。画面下に「OK」「MOVE」「DELETE」といった命令語の一覧を状況に応じて表示し、対応したキーを押すだけで操作できる。命令語を暗記する必要がない仕組みだ。
「Softkey」という操作を採用したLisaの開発初期の画面(ビル・アトキンソン氏の2004年の講演より)。画面の下に表示されているドックのようなエリアに文脈に応じた命令語が表示される。対応したキーを押すだけでそれを入力できたしかし、ゼロックスのパロアルト研究所(Xerox PARC)は、もっと優れた操作法を発明し披露しており、Apple内の研究者らはジョブズ氏にそれを見ることを勧めていた。
何度か機会を逃した後、ジョブズ氏は1979年12月にようやくPARCを訪れた。そこでパーソナルコンピュータの生みの親と呼ばれるアラン・ケイ博士(後にAppleフェロー)が開発した未来のコンピュータのプロトタイプとも言える、暫定ダイナブックを目の当たりにする(細かく書くと、Smalltalk-76で動くAltoというコンピュータだった)。
スティーブ・ジョブズ氏はよく、Xerox PARCでAltoというコンピュータを見て、それを真似したと言われるが、Altoは何種類かのOSが動くコンピュータでもある。ジョブズ氏が衝撃を受けたのは、マウス操作が前提のソフトウェア環境「Smalltalk」が動いているのを見たからだ。こちらは「Smalltalk-76」という言語を使って、ContrAltoというAlto エミュレータで動かしている画面。NeXT創業後、ジョブズ氏はSmalltalkの先進性の本質である「オブジェクト指向」技術を追求し始める(画像提供:@sumim masato sumi)ジョブズ氏は、この訪問で3つの技術に接した――マウスで操作するグラフィカルユーザーインタフェース(GUI)、ネットワーク化されたコンピュータの連携、そしてオブジェクト指向というソフト技術だ。
真っ先にとりこになったのはGUIで、難しい命令語を覚えなくても、できる操作が全てメニューとして用意されており、選ぶだけで操作可能だ。30分で操作を覚えるという理想にうってつけだった。
この訪問をきっかけにLisaはマウスを使ったGUIコンピュータとして再設計され、デモを担当したラリー・テスラー氏をはじめPARCの研究者が次々とAppleに加わった。GUIの設計は徹底的なユーザーテストと内部論争を繰り返しながら磨かれた。
例えば、その後のApple製品の特徴ともなるワンボタンマウスの仕様も、こうした膨大な議論の末にこの時期に決まった。
ゼロックスでは3ボタンや2ボタンのマウスが使われていたが、1ボタンでもマウスの操作はできる。Apple内ではボタンをいくつにするかで派閥が分かれ論争が続けられたが、最終的に「意見」ではなく「データ」で決着をつけることにした。コンピュータ未経験のApple新入社員を被験者に、1980年夏、ラリー・テスラー氏が主導するユーザーテストが行われた。心理学者が観察し、映像が記録された。
結論は明快で――熟練者には3ボタンがわずかに有利だったが、初心者には余分なボタンが混乱を招くことが分かった。その結果、Lisaが目指す「30分で使いこなせる」体験には、1ボタンこそが正解となり、今日まで引き継がれる1ボタンマウスの仕様が決まった。
他にも、現実のオフィス文具を模したアイコンを使うデスクトップメタファーのアイコンなど、さまざまな仕様について綿密な議論が行われ「Lisaユーザーインタフェース標準文書」としてまとめた。
今でこそ他社もまねをしているが、コンピュータの背後の思想や操作方法を体系的な文書としてまとめる文化が、Apple内からこの時代に内発的に生まれてきたことも、他の多くのコンピュータメーカーとの違いであり、これが同社製品の一貫した分かりやすさの秘密となっている。
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