技術に「希望を見いだしたい」――「東のエデン」神山監督×セカイカメラ井口氏サイエンスフューチャーの創造者たち(1/3 ページ)

» 2010年05月21日 08時00分 公開
[ITmedia]
photo 頓智ドットの井口氏(左)と、神山監督(右)

 巨大な権力を背景に持ち主の願いを叶える“ノブレス携帯”を使い、日本に漂う閉塞的な「空気」に闘いを挑む若者を描いたアニメ「東のエデン」。携帯カメラを使って建物や人物の情報が分かるARシステム“東のエデンシステム”が登場する本作品は、「電脳コイル」と並んで現実のARサービスの盛り上がりに影響を及ぼしたアニメといってもいいだろう。

 モバイルARサービス「セカイカメラ」の開発者である頓智ドットの井口尊仁氏と、さまざまな分野のトップランナーとの対談から、テクノロジーやインターネットの可能性を探る連載「サイエンスフューチャーの創造者たち」。第2回は、「東のエデン」の監督を務める神山健治氏との対談をお届けする。

技術に「せめて希望を見いだしたい」

photo 4月24日に行われた「東のエデン 劇場版一挙上映 ARオールナイト」では、劇場のスクリーンで東のエデンシステムを再現し、作品の上に観客のコメントがリアルタイムに重なるというユニークな上映会が開催された。ケータイやARは、アニメや映画の視聴方法も今後変えていくかもしれない

井口氏 仕事柄、作中のARシステムについ関心が向いてしまうんですが、そういったことは抜きに、1アニメ作品として素晴らしく感動しました。 ネット上でいろんなことを語り合っている連中のリアリティーや、日本が今置かれている状況が作品からダイレクトに伝わってきて、しかも風刺やパロディーみたいに斜に構えず、真摯に描いている。物語としてのカタルシスをすごく感じました。

 僕は滝沢朗(※)というキャラクターがすごいなと思ったのは、彼が「王様」を引き受けるところ。“頭のいいやつはいくらでもいるけど、俺はバカを引き受ける”というような見得の切り方がたまらない。日本の革命を題材にしながら、こんな風に希望に満ちたトリックスターが魅力的に描かれているのが非常に爽快でした。

(※)東のエデンの主人公。ノブレス携帯の所有者のひとり

神山氏 そう感じていただけたとしたら、伝えたかったことの大半は伝わったのかなと思います。僕はSF作品を作るときに心掛けていることがあって、それは「希望を見いだす」ということなんです。今の時代って、科学技術が必ずしも人を幸せにしないと言われて久しいですよね。コンピューターの発達した世界を描いた作品は、必ず機械に人間が支配されていて、人は幸せではなく、何かを失ってしまっている。

井口氏 ディストピアな感じですよね。

神山氏 そうです。でも僕は、せめて物語の中では希望を見いだしたいんです。その考えは「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」(※)の時から一貫しています。創成期の技術って負のイメージが先に語られがちなんだけど、物語ではそれを払拭したい。やっぱりイヤなもの見せられてもいい気持ちにはならないと思うんですよ。風刺として何か感じることはあっても。

(※)「攻殻機動隊」は士郎正宗氏のSF漫画。神山監督は同作を原作としたテレビアニメシリーズを手掛けている。

井口氏 そうですね。

神山氏 それと、若者のリアリティーという面では、まず僕らの世代と今の若者の価値観に根本的な齟齬があると感じました。学生時代からケータイがあって、ネットが当たり前にあった状態で社会人になる今の若者は、やはり価値観が僕らと違う。「なぜ働かなくちゃいけないのか」とか、僕らの世代が疑問にすら感じなかったようなことを疑問として抱えている。アニメの世界でもセカイ系と呼ばれる、自分の悩みが世界の終わりとダイレクトにつながっているような作品が生まれ、それに共感する若者が出てきました。

 その中で「現実では、自分以外は全員他人なんだぜ」ということを伝えないと、この若者たちが社会に出た時に、うまくやっていけないんじゃないかと思ったんです。これが作品を作る最初のとっかかりになったんですが、それを大上段から伝えても、彼らはおそらく受け入れてくれない。ならば、作品を通して彼らの気持ちの側になんとか立って、この社会とリアルに向き合うことの摩擦を軽減できないか、たとえ軽減できなくても社会に出ることへの希望を見せられないかという風に考え方を変えたんです。

井口氏 ネットが当たり前の若者の価値観が昔と違うというのは、すごくよく分かります。特に日本のネットの世界って独自の進化を遂げていて、その独自性ゆえに世間との摩擦やストレスも余計にある。それに対して、例えば梅田望夫さんは「日本のWebは残念」とか言っちゃったりするわけですけど、そう言われると僕なんかは無責任だなぁと思ったりするんですよね。

神山氏 日本が「残念」と思う人の気持ちは分かるんですけど、やり直せるわけじゃないんですよね。やり直せない中でどうすれば良くなるかを、若い世代は上の世代に教えてほしかったと思うんですよ。でも、上の世代は新しく登場したインフラに対して、自分たちのルールをとりあえず適用させて、目をつぶってるように僕には見えたんです。

 それで、だったらルールを先に決めた人たちに気づかれないように、でもその人たちがしいたレールを利用しながら、若者が勝っていくドラマを作れたら、新しいんじゃないかと思ったんですよね。

井口氏 なるほど。

photo ノブレス携帯は、NECが実際に制作したコンセプトモデル(モックアップ)がデザインのベースとなっている

神山氏 でも、そうやって口にした後で、「そんなドラマを描けるのか?」と不安になりました。今の時代、現実を題材にしながら、うそくさくないファンタジーを描くことほど難しいことはないですから。

 東のエデンシステムのイメージは漠然とあったんですが、それを上回るうそをついておかないと、物語のリアリティーが出てこない。ノブレス携帯とセレソンゲーム(※)を組み合わせて、「これでいける!」というところまで企画を持っていくまでは、毎日やっぱりやめようかな、と思ってましたね(笑)

(※)作中にはセレソンと呼ばれる、日本を正しい方向に導く義務を課せられた12人の人物が登場する。彼らは100億円の電子マネーがチャージされたノブレス携帯を使い、互いに駆け引きをしながら目的の達成を目指す。

井口氏 以前、ノブレス携帯やジュイスのシステム(※)に関してうちの会社の若いスタッフと話したのですが、「ジュイスは全能の神として振る舞うブラックボックスであり、その中身は問わずに楽しむのが醍醐味なんですよ」と言われて、なるほどと思いました。あのうそはある意味、「だまされたが勝ち」なんですよね。僕自身、神山さんの術中にはまってしまい、設定を違和感なく受け入れられました。

(※)ノブレス携帯にはジュイスと呼ばれる人工知能によるコンシェルジュサービスが搭載されており、ジュイスに電話で要望を伝えると、端末にチャージされた電子マネーと引き替えに何かしらの方法で依頼が実行される。

神山氏 東のエデンシステムに関しては技術的に可能であるという裏付けをある程度得ていましたが、ジュイスの設定は大うそだったので、ライター陣も最初は疑問を抱いていました。クリエーターも不思議なもので、原作があると「そういうものだ」と割り切るんですが、オリジナルの作品となると「こんなことできるはずがない」とブレーキを踏んでしまうんですよね。

井口氏 よく分かります(笑)

神山氏 なので、「まず、できるのを前提にしよう。どうやったらできるかは、あとからいくらでも考えつくから」と、脚本チームを洗脳していきました。ものすごい権力が背景にあって、巨大なスーパーコンピューターが計算してくれれば、電話でミサイルも飛ぶし、人も殺せるし、お金も使える。そういうものなんだということにして、あとは僕がうまく演出できるかの勝負だから、「みんな心配しないでうそをついてくれ」と。

井口氏 「ケツはふく」というわけですね。

神山氏 そうです。それで、ノブレス携帯が魔法の携帯だという設定を固めたわけなのですが、それを12人が持っているだけでは、ただの魔法合戦になってしまう。そこで、ゲーム性を演出するために、自分がノブレス携帯から依頼した内容は、ほかのノブレス携帯の持ち主にも分かるという設定が生まれました。

井口氏 僕もその設定に引き込まれました。依頼がつつぬけの状態でどうなってしまうんだろうと、頭のなかでぐるぐる想像しちゃいましたね。

神山氏 何かの機会に言われたんですが、あれってツイッターに似ているんですよね。

井口氏 確かに! あの履歴はタイムラインですよね。

神山氏 当時はそういうつもりはなかったんですけどね。履歴の設定があると、ゲーム性も高まるし、例えば滝沢がある考えを持ってジュイスに頼んだ依頼を、ほかのセレソンはどう捉えるかといった側面を演出できるんです。さらに、あの依頼の履歴を解析して、ゲームの外側からゲームにアプローチするとか、物語の幅がどんどんふくらんだんですよ。

 それと、電話で「タンクローリーを爆破しろ」と言って本当に爆破されちゃうことに、ライターも「タンクローリーがネットにつながっているワケじゃないし、うそくささを感じますよ」と言っていたんですが、そうした悩みを取り除いたのも、履歴を読み合うという設定でした。依頼が受理され、何らかの方法でそれが起きるんだというのを、うまく裏を描かずに説明できるようになったし、作品を見ている方にもいろいろと想像をめぐらせてもらえると思いましたね。

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