不意に現れたコンピュータへの道挑戦者たちの履歴書(5)

編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、漆原茂氏の大学入学までを取り上げた。今回、初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。

» 2010年05月21日 12時00分 公開
[吉村哲樹,@IT]

 晴れて東大に入学した漆原氏。

 好きなこと、得意なことには全力で打ち込むが、苦手なことや興味のないことにはあまり目を向けない。自分の中ではっきりと優先順位を設けて物事に取り組む姿勢は、大学生になっても変わらなかったようだ。

 「ドイツ語の講義などにはまったく興味がなくて、年間を通して5回ほどしか出席しませんでした。テスト直前に語学が得意な同級生のノートを借りればいいや、と思って」

 学生時代を振り返り、同氏は笑いながらそう話す。

 「周囲には、どんなことでも高いレベルでこなしてしまうスーパーマンのような学生もいました。『すごいなぁ』と尊敬のまなざしで見ていました」。一方の漆原氏自身はといえば、決してガリ勉タイプのきまじめな学生ではなかったようだ。好きなことには思う存分没頭する。そしてそのための時間を捻出するために、嫌いなことや苦手なことは最低限で済ます。語学などの苦手な文系科目は、漆原氏にとっては完全に興味の範囲外だったのだ。

 逆に、中学・高校時代から大好きだった物理学の研究には、さぞや熱心に打ち込んだのではと思いきや、意外な答えが返ってきた。

 「それが大学に入った途端、物理が急に分からなくなってしまったんです」

 あれほど探究心を刺激されて、熱心に勉強してきた物理の世界が、急に「分からなくなってしまった」とは、一体どういうことだろう?

 「それまで学んできた、ニュートン力学などをベースにした物理学の世界は、ある意味とても分かりやすかったんです。でも大学で学ぶのは、その先の量子力学などの分野になります。これはいまだに解明されてないことが多い分野で、『こういう現象が起きているのだから、こういう仮説が成り立つのではないか?』といった考え方から出発します。本来は確証が得られていない世界のはずなのに、大学の先生から『これを信じろ! これを理解しろ!』と強制されても、何だかしっくりこなかったんです。これはいま思い返すと、わたし自身の考え方に問題があったのですが……。でも、結局はこうしたことを契機に、物理学に対する関心が薄れてしまったのです」

 例えば、方程式1つを解くにしても、それまで中学や高校で学んできた物理学では、これを理解すればその先の段階に進める確証があった。

 しかし、大学で研究する量子力学などの学問になると、例え与えられた課題が解けたとしても、それは数ある仮説の内の1つをわずかに裏付けるにすぎない。「この方程式を解いたところで、何が分かるのだろうか……」。それまでは、未知の世界に対する探究心から物理の世界に惹かれ、勉強を続けてきた漆原氏だったが、ここに至って誰にとってもまだ未知の領域まで到達したのだ。その結果、このような考えに至ったとしても無理はないのかもしれない。

 こうして物理学の世界からは身を引いた漆原氏だったが、少年時代から情熱を注ぎ続けてきたもう1つの分野があった。それがコンピュータだ。受験勉強で一時はコンピュータの趣味から遠ざかってはいたが、同氏が東大に入学したのは1983年、PCが一般消費者に認知され始め、急速に盛り上がりを見せていたころだ。

 NECからは名機「PC-9801」が1982年に発売され、その後に続く「PC-98」シリーズが国内のPC市場をリードしていくことになる。同じく1982年には富士通の「FM-7」、シャープの「X1」も発売され、どちらも大ヒット商品となる。

 また、1980年前後には次々とPC専門雑誌が創刊され、PCの普及に大きな役割を果たした。『月刊アスキー』『I/O』『月刊マイコン』などの専門誌が、当時のパソコン少年たちにとってのバイブルだった。

 こうした1980年代の「パソコンブーム」真っ只中に、学生時代を過ごした漆原氏。かつて少年時代に熱中したコンピュータに対する興味が再燃するのは、自然な流れであった。


 この続きは、5月24日(月)に掲載予定です。お楽しみに!

著者紹介

▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。

その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。


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