真の顧客志向を目指すために起業する挑戦者たちの履歴書(18)

編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、漆原氏が帰国し、サーバサイドJavaを普及させるまでを取り上げた。今回、初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。

» 2010年06月21日 12時00分 公開
[吉村哲樹,@IT]

 「システムに投資しすぎた。なのに漆原さん、あなたは止めてくれませんでしたよね?」

 ある顧客に言われたこの言葉が、漆原氏の心の中に強く残っている。

 1990年代後半、IT業界はネットバブルに沸いていた。WebLogicをはじめ、当時漆原氏が沖電気で手掛けていた製品は、飛ぶように売れた。では、さぞ順風満帆だったのかと思いきや、さにあらず。それどころか同氏の中では、製品が売れれば売れるほど、逆にIT業界の現状に対する不満が募っていったのだ。

 「ネットバブルの時流に乗って、WebLogicはガンガン売れました。しかし、じゃあそれを実際に導入したお客さまのシステムプロジェクトはといえば、もうそれこそ、片っ端から失敗していくのです。お客さま側からしてみれば、『こんなにお金をかけたのに、結局役に立たないじゃないか!』と、ITに対する不信感が募りつつありました。そこで、『われわれ売った側は、本当に正しくやったのか?』と自問した結果、『そうじゃないことも多々あったかもしれない』『お客さまにとっては価値がないとうすうす気付いていながらも、売りつけてしまったかもしれない』と思い返さざるを得なかった。大いに反省しました。いろんなお客さまからおしかりを受けましたが、貴重な勉強をさせて頂いたと、本当に感謝しています」

 顧客から「役に立たない」と言われるのは、自分たちがやっていることの価値を全否定されるも同然だ。しかも、こうした厳しい声をあげる顧客は、1社や2社ではなかった。IT業界全体が、顧客にとっての本当の価値を省みることができないような、構造的な問題を抱えている。ネットバブルに浮かれている場合ではない。

 「何とかしなくてはいけない」

 さらに、IT業界、特にSI(システムインテグレーション)産業が労働集約的な性格を強めつつあることにも、同氏は危機感を強めていた。いわゆる「人月ビジネス」の問題だ。

 「たとえグローバルに通用するような技術を持っていて、ハイレベルな仕事をやっていたとしても、結局は『はい、何人月』で十把一絡げにされてしまう。優秀であってもそうでなくても、大きな仕事の歯車になってしまうと価値は変わらない。SIの仕事に対するそんな評価のされ方は、到底納得がいかなかった。自分が誇りを持ってやっている仕事を、若い人たちに対してこんな風にしか見せられないのも嫌だった。スタンフォード大学では、若い連中が『俺たちがやってやるんだ!』と夢やプライドを持っていたのに比べて、余りにも環境が違いすぎる」

 ちょうどそのころ、漆原氏はあるプロジェクトを体験する。

 当時付き合いのあった某通信系大手企業で、とあるプロジェクトが頓挫(とんざ)しかかっていた。そのプロジェクトのSIerは他社が担当していたが、アーキテクチャ設計が明らかに根本的に間違っていた。しかし、すでに何十億円という巨額のお金が動いているため、今更それを言い出すことができない。一方の顧客側も、そのことにうすうす気付き始めているが、それを正確に指摘することもできない……。

 そこで、沖電気から漆原氏ほか数名が、技術の専門家としてそのプロジェクトに招かれた。プロジェクトオーナーが漆原氏らに求めたのは、「顧客側、発注側の立場に立って考え、発言すること」。漆原氏らの側はほんの数人、一方のベンダ側は約300人規模の体制を組んでいた。かなりイレギュラーなプロジェクト運営だが、これが実にうまく回った。

 「ベンダの立場では言えない、言ってはいけないことがあって、一方でお客さま側もベンダになかなか責任を取らせることができない。そういう、あまり良くない構造ってあるじゃないですか? そういうときに、お客さま側に入って、ちゃんとまともなことが言える人間がほんの数人でもいれば、とてもプラスに働く価値が出せることが分かりました」

 ここに至って、漆原氏は決断する。

 いままで日本のIT業界にはなかった、新しいモデルを作る。

 顧客の価値観が絶対で、顧客がうまくいったら自分たちもハッピーになれるモデル。そして、そんなモデルを実現するのは非常に難しいかもしれないが、その代わりもし達成できたら、高い報酬と満足感が得られるシステム。

 「こうしたことを実現するための組織を作ったら、そこそこいけるのでは? そう考えて設立したのが、ウルシステムズだったのです」


 この続きは、6月23日(水)に掲載予定です。お楽しみに!

著者紹介

▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。

その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。


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