まだほかに誰もやっていないSIを目指して挑戦者たちの履歴書(19)

編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、漆原氏が業界のあり方に疑問を抱き、起業を決意するまでを取り上げた。今回、初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。

» 2010年06月23日 12時00分 公開
[吉村哲樹,@IT]

 1990年代後半、ネットバブルの波に乗ってWebLogicをはじめとするオープン系製品を売りまくった漆原氏。その結果はといえば、日本のIT業界の構造的な問題を目の当たりにして、自身に対する反省も含めて苦悩することになる。

 顧客の役に立つことができない。

 技術者の努力が報われない。

 「このままではいけない。いまIT業界の中心にいるわれわれが、何とかしなければ」。危機感に駆られた漆原氏は2000年、当時勤めていた沖電気工業株式会社(以下、沖電気)を退職し、自身の理想を追求するために起業する。

 目指すのは、「顧客の立場に立ち、顧客にとって本当に価値があるものを提供できる専門家集団」。そして、技術者の努力が正当に報われる組織。

 「『もう、やるしかない!』と本気で思ったのが、2000年の5月ぐらいのことでした。その年の3月にネットバブルが崩壊していたので、独立して起業するには最悪のタイミングでしたが」

 そう笑って話す同氏だが、笑っては済ませられないほどの大きなリスクを抱えていたはずだ。そんな大変な時期に独立することに、不安はなかったのか?

 「ネットバブルの崩壊なんて関係ないんです、わたしからすると。だって、これは絶対にやらなければいけないことだと思っていましたし、そもそも自分自身の存在意義にかかわる話じゃないですか」

 ウルシステムズ設立の動機を語るときの漆原氏の口調は、それまでの軽やかな調子から一転して、こちらが気おされるほどの真剣味を帯びる。つい先ほどまで、少年時代の楽しい思い出を冗談交じりに語っていた人物とは、まるで別人のようだ。声のトーンも明るい調子から、いつの間にか少し抑え気味で切迫感のあるものに変わっている。

 「当時わたしが目指していたモデルは、まだほかには誰も本気でやっていないわけですよ。ほとんどは“コンサルティング”と言いながら、結局は自社製品やSI(システムインテグレーション)に誘導するようなものばかり」

 漆原氏の語り口はますます熱を帯びる。当時、同氏がいかに大きな使命感を持って独立を決意したか、その熱心な口ぶりからひしひしと伝わってくる。そして同時に感じるのが、技術者としての同氏の実直さとプライドだ。自分がやっている仕事に対して、「自分自身の存在意義にかかわる話だ」とはっきり断言できる人間は、そうそういない。

 こうして2000年7月、漆原氏は誰もやっていない仕事に挑戦すべく、「ウルシステムズ株式会社」(以下、ウルシステムズ)を設立する。

 創業当初は、どのような業態をとっていたのか?

 「当初は、わたし1人から始めました。会社設立の目的をある程度達成するためには、業界内で一定以上の認知度や影響力が必要です。となると、10億円ぐらいの規模の会社にする必要がある。また、それまで沖電気で事業計画の仕事にかかわってきた経験から、新規事業の立ち上げにはスケールアップのスピード感が重要なのも分かっていました。そこで、ウルシステムズも3年なり5年なりのスピード感で10億円規模にする必要があると考えていました」

 小規模にほそぼそと下請けSIをやる程度であれば、資本金は1000万円程度でも事足りるかもしれない。しかし、それを数年間で10億円にまで増やすのは、たとえ奇跡が起きたとしても無理な話だ。

 また、システム開発事業はそのキャッシュフローの性格上、ある一定以上の規模でビジネスを続けていくためには、やはり蓄えが必要になってくる。というわけで、まずは資本金集めがウルシステムズ設立時における同氏の最初の仕事だった。

 「まず初めにベンチャーキャピタルに話を持っていったのですが、その後、沖電気時代にお付き合いのあった企業さんにも出資のお願いに行きました。A4用紙2?3枚程度の、訳の分からない事業計画書を持っていっただけなのですが、快く出資して頂けることになりました。いま思うと、あれでよく出資してもらえたものだと思います。古巣の沖電気をはじめ、日本HPさん、リクルートさん、TISさん、IIJさん……。皆さん本当に度量があって、ありがたいと思いました。ましてや、ネットバブル崩壊直後の当時、わたしだったらきっと1円も出していませんよ」

 こう言って謙遜する漆原氏だが、こうした名だたる企業は、同氏の事業計画に対して投資したというよりは、沖電気時代の漆原氏の実績と人望に対して投資したのではないだろうか。1990年代後半、沖電気で企業の枠を超えたパートナービジネスを推進していたころに築き上げた同氏の人脈が、ここでも大いに役立つことになったのだ。


 この続きは、6月25日(金)に掲載予定です。お楽しみに!

著者紹介

▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。

その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。


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