お客さまが本当に喜ぶのは“熟成したワイン型”挑戦者たちの履歴書(22)

編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、漆原氏が起業し、3年後に方向転換をするまでを取り上げた。今回、初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。

» 2010年06月30日 12時00分 公開
[吉村哲樹,@IT]

 2000年に漆原氏が設立したウルシステムズ株式会社(以下、ウルシステムズ)は、創業3年目の2003年に大きな転機を迎える。それまでの、高度な技術力を武器にした「高級SI(システムインテグレーション)」路線から、より上流工程にシフトした路線……。いや、上流どころか、顧客側に入り込んでしまって、顧客側の立場に立ってプロジェクトに参画するという独自のコンサルティング路線に転換する。

 従来の「発注側 vs. 受注側」というSIの構図を、根本からひっくり返してしまうわけだ。当然、このようなビジネスモデルに本格的にチャレンジした企業は、同社以外にはまだなかった。

 この新しいチャレンジの中で漆原氏が目指したものの1つが、「顧客の『発注力』を上げる」ことだった。

 「発注側が、自分たちがどんなシステムを実現したいのか、よく分からないまま発注してしまうから、結局は使えないシステムができあがってしまうのです。ですので、われわれが発注側に入って、要件定義とプロジェクト管理を支援します。そして、そのためのフレームワークも提供します。さらに必要であれば、設計工程にも踏み込むし、場合によっては不必要な投資を止めるよう提言することもあります」

 発注側が厳密な要件定義に基づいてシステムを発注できるようになれば、まったく使えないものが出てくるようなリスクを低減できる。また、ベンダの言いなりになって、無駄な投資を重ねてしまうようなこともなくなる。一方、受注する側にとっても、設計・開発作業の手戻りが少なくなるメリットがある。

 「発注側に入って、発注側の立場に立ってプロジェクトを運営していきますから、開発作業自体はかなり内製に近くなります。発注側の意向がより正確に、速やかに反映されるよう、アジャイル開発手法なども積極的に取り入れています」

 ここで漆原氏は、ワインの例えを使ってウルシステムズのサービスモデルを説明する。

 「一括受注のゼネコン型SIでは、通常たくさんの要員を必要としますからスキルセットのレベルもさまざまです。場合によっては、薄めたワインや安いワインを大量に提供されるようなものなんです。そうされてしまったお客さまの満足度は、言うまでもないですよね。当社のように、発注側に入るやり方ですと、人数はさほど必要ありません。そのプロジェクトを完遂できるスキルセットを持った人数を、少数配置するだけでよいのです。お客さまの好みの味や品質も考慮して、熟成したワインを厳選し提供するので、必然的にお客さまの満足度が高いことはイメージして頂けるかと思います。良いワインはポリフェノール効果で心臓病や癌の予防にも効果があるようですし、お客さまにはぜひ良いワインを、そのままで味わって頂きたいですね」

 ウルシステムズがとったこうした路線は、当時注目を集めつつあったアジャイル開発手法の発展とも重なり合うように筆者には見える。

 重厚長大なウォーターフォール型開発の弊害を克服すべく考案されたアジャイル開発手法は、ちょうどこのころ、2003年あたりから一般の技術者の間でも知られるようになってきたと記憶している。本稿の取材では、アジャイル開発手法について漆原氏に詳しく聞く時間がなかったが、常に最先端を追い続けてきた同氏のこと、きっとその黎明期から注目していたに違いない。

 こうして確立されたウルシステムズの新たなビジネスモデル。同社はその後もこの路線を発展、洗練させ続け、2006年にはJASDAQ上場も果たし、そして現在に至っている。2003年にこの路線に転換したことは、間違っていなかったのだろうか?

 「結局、こういうものを提供することがお客さまの満足度が一番高いと考えたので、いまのようなモデルにシフトしました。いま振り返っても、この路線を選択して良かったと思います。2003年に方向転換せずにそれまでと同じことを続けていれば、いまごろは普通のSIerになっていたと思います。別に、普通のSIerが良いとか悪いとか、そういう話ではありませんが」

 さらに、顧客満足度を上げるだけではなく、自分たちにとってのチャレンジも常に続けている。

 現在も、顧客とタッグを組んで面白い仕掛けをいろいろ考えているのだ。「こういった仕掛けは、10個のうち1個でも当たれば御の字だと思いますが」と漆原氏は慎重に言うが、ひょっとすると近いうちに、業界中をびっくりさせるような大きな花火を打ち上げてくれるかもしれない。


 この続きは、7月2日(金)に掲載予定です。お楽しみに!

著者紹介

▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。

その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。


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