編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、青野氏が生徒会に立候補した中学時代までを取り上げた。今回、初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。
中学時代、普通なら3年生が務めるはずの生徒会役員の座に2年生にして就いてしまった青野氏。3年生のときには、生徒会長も務めることになる。
この話だけを聞くと、自己顕示欲が強い目立ちたがり屋の子どもだったように聞こえるかもしれないが、そういうわけではなかったようだ。本人は決して望んでいないにもかかわらず、いつの間にかリーダー的存在に押し上げられていることが多かったという。
「決して面倒見が良いタイプではなかったし、人を従えて威張りたいとも思っていませんでした。ただ、自己主張が強いタイプだったとは思います。自分の思い通りにことが運ばないと、ストレスに感じてしまうんです。だから、同級生や友達と一緒にいるときも、皆が効率の悪いことをやっていると『なんでそんなアホなことをやっているんだ!』とすぐ口に出してしまう。その辺は、我慢が効かない子どもだったと思います」
青野少年の当時の自己主張の強さを物語る面白いエピソードがある。
中学校に入学してすぐ、新任の国語の教師が「漢字を覚えるために、毎日ノート半分を漢字で埋める」という宿題を出した。青野少年は、猛然とこれに反発する。「こんなアホらしいこと、やってられない! 1年間で覚える必要がある漢字をすべてカバーするには、毎日3個ずつ書き取れば十分だ!」。そして実際に、毎日3個だけ漢字を書いたノートを提出する。当然教師は激怒。「こんなふざけたことをやってる生徒がいる!」と、そのノートを黒板に張り出した。しかし、青野少年も決してひるまない。「宿題の目的は漢字を覚えることであって、漢字を書くことではないはずだ! 毎日3個書き取っていれば、絶対に覚えられる!」
「とにかく生意気な子どもでしたね」と青野氏は当時の自分を振り返る。しかし、単にわけもなくつっぱっていたわけではない。同氏の少年時代の話を聞くと、非効率なことや理屈に合わないことがとにかく大嫌いだったことが分かる。感情に任せて大人に反発しているように見えて、その実極めて冷静で理知的な価値判断を行っていたのだ。
さらに、自分が正しいと思ったことは、相手が大人であろうと正々堂々と主張する。こうした態度は、幼少のころに培われたものではないかと同氏は自己分析する。
「通っていた小学校が過疎地の小さな学校で、生徒数もとても少なかったんです。なので、多少生意気なことを言っても、周囲の大人は『おー、かわいいやつめ』と大目に見てくれました。そういう放任主義で小学生時代を過ごして、そのままの調子で中学校に上がったので、やはり生意気な生徒になってしまったんですね」
理屈に合わないと思ったことは、相手が教師であろうと誰であろうと正々堂々と主張する。こうした態度が周囲の共感を呼び、本人の望む望まざるにかかわらず、自然と青野氏をリーダー的存在に押し上げていったのだろう。その結果が、2年生での生徒会役員の当選、そして3年生のときの生徒会長就任となった。
恐らくこの経験を通じて、青野氏は初めて自身のリーダー的資質を自覚したはずだ。同氏自身も認める通り、人生における大きな転機となったことだろう。
しかし、なぜか青野氏はこのときのことについて、あまり多くの言葉を語ろうとしない。これは本連載の取材全体を通じて感じたことだが、同氏はいわゆる「自慢話」の類を嫌っているような印象を受けた。自身の失敗談については冗談交じりに面白おかしく話して周囲を大いに笑わせるのだが、成功談やいわゆる「美談」の類となると、途端に慎重に言葉を選ぶようになる。
普通だったら、その逆であろう。自身の生い立ちを語るとき、生徒会長をやった経験などは格好の自慢のネタだ。どうしても雄弁に語りたくなる。その点、青野氏は決して謙虚な姿勢を崩さない。いや、謙虚というよりは、決しておごらぬよう自分自身を厳しく律しているような印象さえ受けた。
青野氏が社長を務めるサイボウズの企業イメージや、同氏の関西弁の軽快な語り口から、「押しの強い若手実業家」という紋切り型のイメージを勝手に抱いていた筆者だったが、これは浅はかな思い込みだったと反省した次第だ。
この続きは、7月21日(水)に掲載予定です。お楽しみに!
▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)
早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。
その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。
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