ビジネスもITも、結局動かすのは人挑戦者たちの履歴書(59)

編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、宇陀氏がIBM営業で好成績をあげたころまでを取り上げた。今回、初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。

» 2010年10月13日 12時00分 公開
[吉村哲樹,@IT]

 日本IBM大阪事業所での営業マン時代のことを振り返る宇陀氏が、度々口にするのが「お客さんには本当に育ててもらった」という一言だ。きっと、当時営業の現場で日々クライアントと接する中で、現在の同氏のビジネス哲学が築き上げられていったのであろう。中でも同氏がモットーとして重んじているのが、「結局は“人”が大事」ということだという。

 同氏はこれを裏付ける、ある面白いエピソードを披露してくれた。

 当時、宇陀氏らはある大手メーカーに社内システムの統合案を提案していた。大規模なシステム統合プロジェクトでは、社内各部門の利害が何かと対立しがちだが、同氏らは提案内容に絶対の自信を持っており、何とか説得できると考えていた。しかし、ある部門の主任がどうしても首を縦に振らない。提案内容の正当性をどれだけ根気よく説明しても、頑として反対する。

 「どうすればこの人を説得できるのだろうか……」そう宇陀氏が悩んでいたあるとき、その主任との面談の場でその人がポツリと漏らした。その主任は現在、自宅が会社から遠い場所にあり、通勤に1.5時間かかっているのだという。これが、宇陀氏らが提案している通りのシステム統合が実現すれば、勤務場所がさらに遠くなり、今よりもさらに通勤時間が30分も延びてしまう……。

 宇陀氏は考えた。恐らく提案通りのシステム統合が果たされれば、この主任氏は転勤を命じられるだろう。そうなれば、単身赴任になってしまうかもしれない。それは本人としては、何がなんでも避けたいところだろう……。

 宇陀氏の後輩は、「自分の通勤時間ぐらいの理由で会社の大きなメリットに反対されちゃ、たまったもんじゃないですね」と憤ったが、宇陀氏は「それは違う」と諌める。「その人にとってそれが重要な事情であるなら、それを解決する方法を見つければいいじゃないか」

 同氏は早速その夜のうちに、『システム統合案における運用管理の体制図』という組織体制案を作り上げる。そして早速翌日、それを主任氏のところへ持って行き、こう言った。

 「システムを統合したとしても、運用管理の体制は、現行のユーザー部門に近い拠点体制が望ましいと考えます。これを本社の部長に持っていこうと思っています」

 主任氏は、その場でうないずいた。そしてその後、このシステム統合案件は一気に進展することになったのだという。

 このときのことは今でも宇陀氏の印象に強く残っており、今でも度々部下に話して聞かせることもあるという。

 「ビジネスって、往々にして合理的に判断されて進められることが多いです。確かにそれはそれで重要なことだけど、でも実際にそれをやるのは“人”ですよ。だから、『人がどう思うか』を推し量ることが一番大切だと思うんです」

 先ほどの例のように、一見理不尽に反対しているように見える人でも、その人にとってはそれなりのちゃんとした理由がある。ましてや、その理由がプライベートなものであれば、口には出しにくい。それに、意思決定には往々にしてそういう私的なファクターが大きく影響を与えるものだ。

 であれば、まずはそういう事情を本音で話してもらえるよう、信頼関係を構築する。そして事情を聞かせてもらったら、「理不尽だ」「身勝手だ」と文句を言う前に、それを解決するための方法を考えればいい。

 「相手がどんな職位の人でも、こちらが相手の立場に立って真剣に問題解決に当たれば、今度は一転して熱烈なサポーターになってくれますよ。そうすれば、一気にことはスムーズに運ぶようになりますよ」

 ビジネスを動かすのも、ITを操るのも、結局は人。だから、人の気持ちというものは常に付いて回る。

 「人の気持ちは、決して無下にしちゃいけない。ITは人間の情を大切して、うまく活用することが大切なんです」


 この続きは、10月15日(金)に掲載予定です。お楽しみに!

著者紹介

▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。

その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。


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