都銀初のシステムアウトソースを実現挑戦者たちの履歴書(64)

編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、宇陀氏がIBMの当時の社長だった北城氏の社長補佐になったところまでを取り上げた。今回、初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。

» 2010年10月25日 12時00分 公開
[吉村哲樹,@IT]

 宇陀氏が日本IBMの社長補佐を務めていた1996年の夏、まさに、社長の留守番をしていた間に、ある人物が「相談に乗ってほしい」と同氏の元を訪れた。同氏が大阪事業所で営業部長を務めていたときにお付き合いのあった、大手銀行の取締役IT企画部長だった。

 当時、その銀行は早急な事業再編の必要に迫られており、そのためにはITの導入が急務だった。しかし経営状態から、多額の予算を注ぎ込むわけにもいかない……。完全にジレンマに陥ったところで、かつて厚い信頼を寄せていた宇陀氏に相談を持ち掛けたのだ。

 社長のお留守番だったため、かえって3時間以上もゆっくり話ができた。そこで宇陀氏はこう提案する。

 「アウトソーシングという手があるのではないでしょうか。年間300億円の経費10年分を2割、前倒しで削減するように検討してみましょうよ」

 同氏は帰国した北城社長に報告し、その実現に向けて動き出す。しかし当時は、アウトソーシングというビジネス形態自体が、まだそれほど一般的ではなかったころだ。ましてや、国内大手銀行のオンラインシステムを含めた全システムを外資系企業に預けることなど、考えられないといった時代だった。IBM社内ですら、ほとんどの役員が「そんなことできっこない」と予見したという。

 しかし、結果的には2年後、この大胆なアウトソーシングのプランは結実する。日本の大手都市銀行としては初めて、IBMとの共同出資会社に完全アウトソーシングするビジネスモデルが実現した。この、国内金融業界では初となる大規模アウトソーシング事例は、国内のみならず海外でも大きな話題を呼んだため、読者の中にも覚えている方は多いことだろう。

 「いろんな人が『そんなことは無理だ』と言った。僕自身、確かにいろいろな理由で『実現は難しいかも』と思ったこともありましたけどね。僕なんかが知らない事情や法律もあるだろうし。でも、結果的にはその後、世界でアウトソーシングが広まるきっかけになる事例になりましたね。ただ、この件に関しては僕は発案しただけで、実現した人たちこそが本当に偉いのです」

 こうした考え方は、後にセールスフォース・ドットコムでも反映されることになる。例えば、2009年7月に稼働開始したエコポイントの申請システムのときだ。

 利用者2000万人という巨大システムでありながら、同時にエコポイントという時限制度のためのものでもあり、多額の予算を投入することはできない。しかも、エコポイントの申請開始まであと1カ月間しか残されていないという崖っぷちの状況で、関係省庁から相談を受けた宇陀氏は、セールスフォース・ドットコムの基盤サービス「Force.com」上でシステムを構築することを提案。その後、わずか3週間で申請システムの稼働にこぎ着けた。

 「あのときも、『役所が管理するデータを外資系企業のシステムに預けるなんて!』といろいろ言う人がいたけど、じゃあ、もしあれを放っておいたら、一体どれだけの社会的な混乱と損失が発生していたことか。買い控えも起きていたし、ほかに効果的な景気対策もなかった。細かいリスクにもこだわることはもちろんそれはそれで大事なんだけど、枝葉末節にこだわりすぎて、もっと大きな損失を見過ごしてしまうようなことって、いっぱいありますよね」

 これはビジネスの世界に限らず、政治や社会一般にもいえることだと同氏は言う。例えば政治のクリーンさを追求することは、それはそれでとても大切なことだが、そればかりに時間を取られて、もっと大局的なことが忘れ去られてしまう。

 「国内的には政治のクリーンさも大事だけど、喫緊の課題の経済や財政や雇用や安心、外交などの課題がたくさんあるでしょう。また、国際社会における日本をもっとアピールするべきだとも思っています。だから、国連で鳩山さんがCO2排出量の25%削減を宣言したことは、僕はすごく評価しています。実現できるかどうかではなく、やるんだという意思があると、そのうち新しい技術や知恵も出てきたりするんですよ。とにかく、いつまでも細かいことばかりにこだわり過ぎる近視眼的な人が多すぎます。細かいところを見るにしても、顕微鏡で見るように徹底的に細かく深く探求していくならまだしも、虫眼鏡で中途半端に見て、できないとか危険だとか大騒ぎしている。そうではなくて望遠鏡の視点、つまり、大局的な観点も併せ持たなきゃいけませんよ。国民目線ってことばかりでなく、国家観もなくては政治とは言えない」

 同氏は、こうした傾向はIT業界において、まだまだ顕著だと指摘する。

 「小さいことへのこだわりも、もちろん重要です。でも、可能性の非常に少ないリスクの議論をしている間に、実は、企業としてはもっと大きな損失を出していたり、国家的な損失を発生させることになるかもしれない。あらゆる物事は、リスクアンドテイクのバランス感覚が重要です。政治も経済もITも、そういうものだと思いますよ」


 この続きは、11月1日(月)以降に掲載する予定です。お楽しみに!

著者紹介

▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。

その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。


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