余計なひと言で、大混乱に巻き込まれる挑戦者たちの履歴書(66)

編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、宇陀氏がソフトバンク・コマース社長に就任するまでを取り上げた。今回、初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。

» 2010年11月05日 12時00分 公開
[吉村哲樹,@IT]

 2001年1月、長年勤めた日本IBMを去りソフトバンク・コマース株式会社(以下、ソフトバンク・コマース)の代表取締役社長に就任した宇陀氏。同社はソフトバンク株式会社(以下、ソフトバンク)のオリジナルの事業を継承した会社で、当時ソフトバンクの中心ビジネスであったソフトウェアパッケージの流通事業を主に担う会社だった。ソフトバンク・コマースはその後さまざまな事業体との合従連衡を経て、現在ではソフトバンクBB株式会社として、ソフトバンクグループ内のブロードバンド事業とソフトウェア流通事業を一手に担っている。

 宇陀氏は一体、ソフトバンク・コマースへの転職でどんなことを実現しようとしていたのだろうか。

 「それこそ、今、セールスフォース・ドットコムでやっているようなことですよ。ソフトバンク・コマースを、ソフトウェアの“パッケージ”を流通させるのではなく、ソフトウェア“サービス”を流通させる会社にしていければ面白いと考えていたんです。ポスト・ブロードバンドは、コンテンツの時代が確実に来る。そういうことをやっていった方が絶対に良いと思っていましたね」

 具体的なビジネスプランも描いていた。ソフトウェアのサービスを提供するのであれば、ポータル事業もサービスメニューに加えることができる。であれば、当時Yahoo! JAPANが行っていた法人ポータルのビジネスをソフトバンク・コマースで担ぐようなこともできる。

 「そんなふうに、非常に脈絡のあるプランを考えていたんですよ。ただ、当事そうしたプランを理解してくれる人が、社内にはいなかったんですよね。孫さん(ソフトバンクグループ創業者の孫正義氏)は理解してくれていたと思うけど、あのころはみんなYahoo! BBの回線を増やすことに必死になってた時期だったしね」

 ASPビジネスを本格的に立ち上げるためにIBMからソフトバンクに身を転じたものの、なかなか思うようにことが運ばない日々……。そんなタイミングで、宇陀氏は大トラブルに巻き込まれてしまう。覚えている読者の方も多いだろう。「Yahoo! BB」サービス開始直後の混乱である。

 2001年9月、ADSLサービス「Yahoo! BB」は鳴り物入りでスタートした。当時のADSL接続サービスとしては圧倒的なスピードと低価格、それに加えて街頭でモデムを無料配布するなどの派手なプロモーションで、一躍脚光を浴びた。しかし、いざサービスが開始されると、さまざまなトラブルが噴出した。回線開設の遅延、事務手続きのミス、サポート体制不備の指摘などなど……。

 当時のソフトバンク社内は、こうしたトラブルの収束で大わらわだったという。宇陀氏も孫氏から直接要請を受けて、このトラブルシューティングに駆り出されることになる。

 「僕なんかネットワークは得意でも何でもなかったから、初めのうちは知らん顔してたんだけど、混乱が大きくなるにつれて見るに見かねて、一言余計なことを言っちゃったんだよね。そしたら孫さんから『じゃあ、宇陀君も今日から入ってくれ』って言われて、結局孫さんの横に座らされてトラブル対策を手伝うことになっちゃったんだよね!」

 トラブル対応の現場は大混乱に陥っていた。「ネットワークの研究者やら学者やらがギャーギャー騒いでて、まるで動物園のような状態だった!」とそのときのことを振り返る同氏だが、こうした現場の努力のかいあってか、何とかサービス開始当初の混乱は収束させることができた。その後もさまざまなトラブルがありつつも、結果的にYahoo! BBは契約数を爆発的に伸ばし、短期間に100万回線に達した。

 しかしこのトラブル対応の間、宇陀氏はソフトバンク・コマースの社長という本来の職務のために割く時間を、大幅に削らざるを得なくなっていた。

 「ソフトバンク・コマースでの仕事も大切に思って、一生懸命やってたつもりでしたけど、何せそういう状況でしたから、結果的には下の人間は不満に思ってたでしょうね……」


 この続きは、11月8日(月)に掲載予定です。お楽しみに!

著者紹介

▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。

その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。


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