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» 2012年08月20日 02時01分 UPDATE

本田雅一のTV Style:ロンドン五輪、日本で3D生中継が行われない理由とは?(3)

前回、中国や韓国は3Dの映像制作や放送といった技術が育つよう、国家戦略として支援しているという話を書いた。とくに韓国の場合は輸出を前提にした産業育成の意味合いが強く、世界の放送市場に入り込むことが大きな目的になっている。

[本田雅一,ITmedia]

 ロンドン・オリンピックが終わってすでに1週間以上が経過した。シリーズ最後のコラムに入る前に、この連載の中で紹介した民放5局によるBSチャンネルでの3D放送スケジュールをお伝えしておこう。

 いずれも国際映像として生中継された3D素材から、日本人選手、あるいは世界的に有名な選手の出場シーンをピックアップし、開会式から閉会式までの17日間を時系列に各局が編集したものになるそうだ。

ts_3dstyle02.jpg BS5局によるオリンピックの3D放送スケジュール

 さて前回は、中国や韓国が、3Dの映像制作や放送といった技術が育つよう、国家戦略として支援しているという話を書いた。映像にまつわるビジネスは、何もテレビ端末だけではない。映画やテレビ番組に限らず、ゲームなども含め、映像を取り巻くコンテンツ制作のビジネスに加え、それらを制作するためのツールや機材、放送であればカメラ、モニター、編集機材、中継機材、映像エンコーダーなどなど大きなエコシステムがある。

 中国の場合は国内市場を見ているので、日本とは少々事情が異なるが、韓国の場合は輸出を前提にした産業育成の意味合いが強い。映画の3D化が進んだのと前後して、スポーツや音楽ライブの3D生中継も使い物になる映像が撮れるようになった。CG制作や撮影技術、テレビカメラなどの開発もそのひとつだが、今回は放送システムに入り込むことが大きな目的になっている。

 前回、韓国国内で3D映像制作や、放送局の投資を支援。MPEGのサブストリームを活用した2D放送と互換性のある3D放送フォーマットを開発し(最新技術というわけではなく、アイデアとしてはBlu-ray 3Dとよく似たもの)、実験放送がすでに開始されている。地上波の空きチャンネルを使ったものだが、2013年には各地上波局での2D/3D互換放送が始まる。

ts_3dstyle.jpg 韓国が提案する2D/3D互換放送は、“デュアルストリーム方式”と呼ばれるもの。通常の1チャンネルでL映像を送り、空きチャンネルを使ってH.264でエンコードしたR映像を送る。普通のテレビはL映像だけを表示し、対応テレビのみL/Rを使って3D映像を表示する仕組みだ。3D放送で解像度が落ちることもない

 現在のデジタル放送規格では、サイド・バイ・サイドという2Dデジタルテレビとの互換性がない方式しか定められていない。これは単に左右にステレオ映像を分割して並べただけの放送で、テレビ側で2Dあるいは3D映像に復元する。これに対し、韓国方式は非対応テレビなら正しい2D映像が、対応テレビなら2D/3Dを任意に選んで見ることができる。

 この手法は一般的なMPEG技術を応用したものなので、まったく新しい技術というわけではない。実は同様の技術をNHKメディアテクノロジーが発表し、デモも行っているのだが実際の実験放送は行われていないし、そもそも対応するテレビが発売されていないのでは普及も難しい(レコーダーやチューナを追加する形でしか従来の3Dテレビでは対応できない。この点、韓国にはすでに対応テレビが多数ある)。

 このように政府主導で3D放送が行われる環境を整えれば、当然ながら製品は進歩していく。韓国は継続的に国際標準となるよう働きかけていくとのことだが、もし国際標準になったなら、一部コンテンツを2D/3D互換にしようと思う場合、実績のある韓国製の放送機材を使うようになるだろう。さらに各国の放送局での実績が溜まってくれば、信頼を勝ち得て、価格面での優位性を発揮し始めると日本製機材の置きかえが進んでいく可能性がある。

 っと、少々重い話題になった。政府が金をバラ撒いても産業は発展しないが、新しい映像・放送技術のトレンドを捉えて、国内市場と海外市場のアライメントを同期させ、国際競争力のある製品やサービスが生まれる環境を整える必要はある。そうした面で、今の日本の環境は“放置”に近い。力のある放送局、放送機器メーカーがたくさんあるのに、それを活かせていないのはちょっと残念だ。

 というのも、過去に同じような事例はすでにあったからだ。前回の最後にもお伝えしたが、ロンドン・オリンピックで好評を得たインターネット向けの映像配信サービス。米国ではBTがサポートしていたそうだが、IP放送に使っている機材はサムスンとLGしかないという。以前はソニー製を使っていたが、サムスン、LGの方がコストパフォーマンスがよく、製品としての進化も早いとのことだ(マネジメントサイドの人との話なので、技術的に何が優れているのかはここでは分からなかった)。

 日本では通信と放送の融合、規制緩和が十分に進まず、結果的に日本製のIP放送機器の進歩が遅れたとしたなら、戦略的な誤りだったといえるだろう(もちろん、もともと力がなかったのだ、という反論もあるだろうが)。韓国の場合、国内市場が小さいため産業を発展させるために輸出重視の政策を採っている。国外の状況を見ながら、どうすれば国際競争力を高められるかという視点で物事が決められており、その差は決して小さくない。

 日本の3D映像分野における産業育成戦略は、実は内閣官房知財本部によって国際標準化戦略の策定対象分野に選定されていた。総務省・経産省が、放送事業者、メーカー、学者などと、どのような戦略をまとめるかを検討したものの、結果的には放送技術の標準化を目指すのではなく、3D映像の生体安全性についてISO(International Organization for Standardization:国際標準化機構)およびITU(International Telecommunication Union:国際電気通信連合)で国際標準化を行う方向でまとまった。

 ということで、日本政府が何もやっていない、ということはないのだが、この分野で標準化を主導しても、残念ながら国としての利益はあまり大きいとはいえない。とはいえ、2013年から韓国で3Dの本放送が始まれば、3D中継が盛んな欧州や3D映画が定着しつつある米国で、韓国規格を採用する動きも出始めるかもしれない。ウィンブルドン、ロンドンオリンピックと、スポーツ生中継の現場について話を聞いた中で3Dについても学ぶことが多かったのだが、詳しく取材してみると、すでにトラック1周分は遅れているように見えた。

 今後、さらにトレンドは色々な方向に揺れ動いていくだろう。SHV(スーパーハイビジョン)の前に4K2K放送もあるかもしれない。次回こそは「国自身に戦略性がない」なんて批判が出てくることがないよう、お願いしたいものである。

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