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» 2006年11月06日 23時59分 UPDATE

INFOBAR展/Trilogy展同時開催記念スペシャルトークショー:「日本のケータイは世界的に見ればサブカルチャー」──深澤氏が語るINFOBAR 2 (1/2)

東京・原宿にあるKDDIデザイニングスタジオで11月16日まで開催されている、「INFOBAR」展と「Trilogy」展の同時開催を記念して、INFOBARのデザイナー深澤直人氏とauケータイのトータルプロデュースを手がけるコンセプター坂井直樹氏のスペシャルトークショーが開催された。

[青山祐介,ITmedia]
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 3連休の初日となる11月3日、KDDIデザイニングスタジオの1階は、プロダクトデザイナー深澤直人氏とコンセプター坂井直樹氏を一目見ようと、トークショーの始まる18時半にはステージのある1階だけでなく、スパイラル状の回廊まで来場者で埋まった。原宿に程近い神宮外苑で、10月31日から11月5日まで東京デザイナーズウィークが開催されていたこともあり、デザインに関心の高いユーザーも多数観覧していたようだ。

 坂井氏の進行による1時間のトークショーは2部構成で、前半45分が深澤氏との対談、残り15分が「Trilogy」展に参加しているクリエーター、ロス・ミクブライド氏とブラッドリー・フレイザー氏へのインタビューという形で行われた。

INFOBARをデザインしたときに“次はこんな感じ”と決めていた

 前半の深澤氏との対談は、INFOBARを生み出すまでのアメリカでの活動の紹介から始まった。深澤氏はセイコーエプソンにデザイナーとして8年ほど勤めた後、1989年にアメリカのデザイン会社「IDEO」の前身である「ID TWO」に入社。そこでメーカーのデザイナーとの環境の違いを感じたという。その後1996年に7年半のアメリカ生活を経て帰国し、「IDEO JAPAN」を設立して代表者となる。その頃にINFOBARの原型となった「info.bar」のデザインを手がけた。

 「どんどんデザインを変えていくという流れの中で、もう一度『INFOBAR』と同じコンセプトのものを作り直すことには、易しい面と難しい面があったのでは」というINFOBAR 2に対する坂井氏の質問に、深澤氏はinfo.bar(INFOBARのプロトタイプ)を世に送り出した時のことを振り返って言った。

 「info.barのときは、まだ世の中が携帯電話のデザインに対して、今ほど興味を持っていませんでした。今から約5年半前になりますが、ドコモのNEC製端末なんか300万台とかバカ売れしていた状況で、携帯電話全体が折りたたみ型にまとまっていくなと感じていました。一方で、それだけになってしまうのは早いのではないかと考え“まだこういうのもあるよ”というメッセージとしてinfo.barを思い切って打ち出したのです。折りたたみ一辺倒の中ではマイナーな存在でしたが、それでも、手ごたえはあるはずだということで『INFOBAR』を出しました。そうしたら、賛同者が次々に現れて結局60万台売れました。それも非常に短い期間で売れたんですね」(深澤氏)

 60万台という数字は、現在の携帯電話業界全体から見ると決して大きな数字ではないが、INFOBARを通じてユーザー同士がマインドをシェアするきっかけとしての、ある種の“コミュニティ”を作ったという現象があったという。それから3年が経ち、INFOBARが新しい機能を搭載してどこまで進化していけるかという挑戦への第一歩として「INFOBAR 2」をやろうと思ったとも深澤氏は語った。

 「今までデザイナーが好き、デザインが好き、という一般の方のコミュニティというのは小さかったのですが、携帯電話というものが出たおかげで、いろいろな人が細かく高いレベルでデザインの話をするようになりました。INFOBARでそういうもののきっかけを作ったということもあるので、第二弾はけっこう難しいな、と思って心してやりました」(深澤氏)

 坂井氏の「迷いはなかったですか?」との問いには、「INFOBARをデザインしたときに、次作は“こんな感じ”という思いがあった」と深澤氏。ただ、INFOBAR 2に関しては、INFOBARのときよりも良い面と悪い面両方の評価をもらっているという。というのも、INFOBAR当時よりも自分の好みをユーザーがはっきり持っているため、その好みに合っている場合は賛同するが、合ってない場合はやはり厳しい意見となるからだ。

 「厳しいことを言われるとけっこう萎えますね。萎えるんだけれども、そういった厳しい意見も、確かにそういうことがあるんだな、と感じ取ろうと思っています」(深澤氏)。

日本では“ながら”がとても重要なファクター

 坂井氏の2つ目の質問は「日本独自のケータイデザインの発展ってどう思います?」というもの。これに対し深澤氏は、「日本のケータイデザインの発達の仕方は特殊で“圧倒的にサブカルチャー型”」だと答えた。このサブカルチャーが日本のメインカルチャーになっているという。

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 「日本で使われているコミュニケーションのスタイルやメディアの使いかたというのは、かなり世界に影響を与えているのですが、あまりにも進化が速すぎて、逆に世界から見ると“なんでサブカルチャーをエンジョイしているんだ”と、日本が遅れていると見ているのです。例えばモトローラの端末のデザインは、ある意味こういったカルチャーに遅れたアメリカの端末が、何かちょっと違うところで発達した」(深澤氏)

 これに対しては坂井氏も、「携帯電話で通話している時間は、携帯電話と関わっている時間からすると非常に小さい比率だ」と指摘する。また深澤氏は、日本では“ながら”という、何かをしながら別のことができるのが非常に重要なファクターだと付け加えていた。

 「PDAが出たときに、新しい入力方法がキーになるかスタイラスになるかすごくもめたときがありました。世界中がほとんど指で入力するということはありえない、と言っていたときに、日本はもうみんなキーを見ないで打っている人がどんどん増えていました。結局世界でも、今やあの大きな指でやるようになっているんですね」(深澤氏)

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