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» 2008年06月10日 13時30分 UPDATE

神尾寿のMobile+Views:ケータイデザインで今、なにが重要なのか――Kom&Co. 小牟田氏に聞く(前編) (1/2)

今や“デザインがいい”ことは、あたりまえともいえるようになった携帯電話。このトレンドの仕掛け人ともいえるのが、KDDI在籍時代に「au design project」を立ち上げた小牟田啓博氏だ。現在、ソフトバンクモバイル端末のデザインコンサルティングを担当する同氏は、ケータイデザインの役割や可能性が今、また変わり始めていると話す。

[神尾寿,ITmedia]

 ケータイにとって、デザインはとても大切だ。

 今では“あたりまえ”となった事実であるが、携帯電話業界内でそれが共通認識になったのは、振り返ればごく最近のことである。携帯電話が一般に普及し始めてから、およそ15年の歳月が流れたが、“デザイン”が商品企画書のトップ項目を占めるようになったのはこの5年ぐらいだ。

 そして今、携帯電話を取り巻く周辺環境が激変する中で、デザインもまた、その役割や可能性が変わり始めている。

 ケータイとデザインの過去と今、そして未来。ふたつの文化的な潮流はどのように混じり合い、新たな価値や可能性を生み出すのか。

 今回のMobile+Viewsは特別編として、KDDIで「au design project」を立ち上げて成功に導き、現在はKom&Co.の代表取締役社長を務める小牟田啓博氏にインタビュー。ケータイとデザインの歴史を振り返りつつ、現在と今後について話を聞いた。

Photo ケータイのデザインが変わるきっかけとなったKDDIの「au design project」

ケータイにデザインが求められた、時代の転換点

Photo Kom&Co.の代表取締役社長を務める小牟田啓博氏

 周知のとおり、“ケータイ”はとても速いペースで普及拡大し、ひとつの文化を構築してきた。クルマは100年を超える歴史の中で一般化と文化の構築を行ったが、携帯電話は実用化から数えても20年超、一般普及の始まりからは15年ほどしか経っていない。

 この急速な市場と文化の拡大の中で、近年は「日本のケータイデザインの流れが、まさに“市場の流れ”となってきた」と小牟田氏は述懐する。

 「少し前を振り返りますと、僕がKDDIに呼ばれて『au design project』を立ち上げる頃は、人々の社会生活にケータイは溶けこんでいた。普及率が50%を超えて、生活に欠かせないモノになってきてはいたのですけれども、コンシューマーの人々が自分のセンスや好みで端末が選べる状況ではありませんでした。(ケータイのデザインに対する)コンシューマーの潜在的な不満は、ものすごく大きかった時代だったと思います」(小牟田氏)

 2000年から2001年頃は、iモード登場直後の“機能拡大期”であり、大画面やカラーの液晶、カメラ、アプリ機能など端末スペックばかりがフォーカスされた。一方で、各キャリアの新規契約獲得競争はまさに過熱の一途をたどっており、インセンティブのバラ撒きと、「売れれば勝ち」の雰囲気が蔓延していた。時代はまさに“大量生産・大量消費”ともいうべき状況で、そこではコンシューマーの満足感に想いを馳せるよりも、カタログに書ける多機能・高性能をいかに早く安く作るかが優先されていた。

 「(当時は)世の中にいろいろなモノが溢れているのに、携帯電話だけは『デザインのいいものが一個もない』と言われていた時代ですね。デザイン分野で見れば、時計やクルマなどに比べてケータイはとても遅れていた。

 例えば、当時を振り返りますと、色はブラックなど無難なものが多くて、形状もストレートからクラムシェルへと多くのモデルが似通っていた状況でした。PHSなどではデザインの多様性が見られたのですが、ケータイはまだ“機能一辺倒”といった時期でしたね」(小牟田氏)

 他にも、携帯電話のデザインが重要になっていく外的要因があった。それが1999年のiモード登場以降、日本で起きたデータ通信利用の拡大だ。メールやコンテンツ利用といった新分野が急速に発達し、携帯電話は電話をするためだけの道具ではなくなった。コミュニケーションにおける重要度が増し、メディアとしての役割も担い始めた。これにより人々は、ケータイを手に持つ時間が長くなったのだ。ケータイの役割の拡大が、生活の中でのケータイの重要度を押し上げ、デザインという文化的要素を求める素地となった。

 小牟田氏がKDDIに入社した2001年は、コンシューマーを中心に、ユーザーのデザインに対する潜在的な不満が募っていた時期。良質なデザインを求める“内圧”が高くなっていたのである。

KDDI在籍時代に行ったデザイン戦略

 「僕はKDDIに呼ばれて、ケータイのプロダクトデザインすべてを見るというチャンスに恵まれたわけですが、そこで最初に取り組んだのが『カラー』です。

 ケータイが単なる電話機であった時代は、それこそグレーやブラックばかりで、その後、シルバー系に移行したわけですが、やはりビジネスツールの印象が強いものでした。しかし、ユーザー層の拡大や生活の中でのケータイの位置づけが変わったことで、『色』の重要性が増していた。そこで(小牟田氏が在籍していた)当時のauでは、すごくカラーにこだわって端末作りをしました」(小牟田氏)

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