「PCは10年すると変わるでしょう」──レノボが見せるThinkPadの気概とは山田祥平の「こんなノートを使ってみたい」

» 2007年07月19日 12時30分 公開
[山田祥平,ITmedia]

 メーカーが堅牢ノートPCの市場を模索するなかで、とくにそのタフネスを強調することなく、「強くて当たり前」を地でいっていたのがThinkPadだ。IBMからLenovoに変わって3年。そのポリシーは今も変わらないのだろうか。IBM時代からずっとThinkPadを担当してきた石田聡子氏(レノボ・ジャパン広報&マーケティング担当執行役員)に聞いてきた。

レノボの実力をもっと知って欲しい

──ThinkPadが堅牢性を大々的に強調してこなかったのには理由があるのでしょうか。

レノボ・ジャパン広報&マーケティング担当執行役員の石田聡子氏

石田氏 その点に関してはむしろ反省しています。Webページの見せかたなども無骨というか、ある意味で宣伝が上手でないですね。やっていることをきちんと分かってもらうのがうまくないのだと思います。

 堅牢性に関しても、1990年代から厳しい耐久テストをやってきました。当時から全体のテストの中の一部を公開していますが、実際には、最小限のテストから始めて、実際に発生したユーザーのトラブルを調べて項目を追加してきました。そのうち手動でやるのは大変だから、耐久試験ロボットを作るなどの対応をしていて、現在では200近い項目のテストをしています。最近は十把一絡げで堅牢性を語られることが多いようですが、もともとは、ユーザーのトラブルとその解決策を模索するためのもので、それに応じてこれから必要だという項目を加えてきたのです。

 2002年の10月に、その一部をメディアに見せました。耐久テストの現場を公開したんです。そのとき公開された映像や情報によって、各社に真似をしていただけるようになりました。ユーザーからもThinkPadの耐久性について聞かれることが多くなってきて、ガソリンスタンドなどの液体をこぼしやすいような現場から、「本当に大丈夫なのか」と営業に問い合わせが入るようになりました。

 ThinkPadにとっては、大昔から当たり前だったことがユーザーに伝わっていないんですね。2007年の6月から駅を中心として大規模な広告キャンペーンを展開していますが、そこで訴求したかったのは、エンジニアが「何を求めて開発をしているのか」ということなんです。

─―最近のユーザーにThinkPadはどう認知されているのでしょう。

石田氏 実をいうと、“レノボは中国で生産しているから品質が悪い”といわれることがまだあるんです。レノボの知名度は当然中国で一番高いのですが、インドがその次で日本は3番めになります。ただ、ThinkPadを作っているベンダーとしてレノボを認知しているのは日本だけといってもいいでしょう。米国と日本では、2004年にIBMのPC部門を買収した事件が衝撃的だったからでしょう。

 今は、F1のスポンサー契約も入ったので、認知度は少し変わってくると思いますが、新しい人はレノボを知りません。名前が知られていっても、どんな気概をもって製品を作っているのかが伝わっていないのではないかと認識しています。どちらかというと、ThinkPadは過剰かもしれないスペックまで入っている高級品で、それも、IBMが作っていてレノボがそれを買ったから今のところはそうなっているけれど、今後はどうなるか分からない、というイメージをユーザーは抱いているのではないでしょうか。

「レノボになって、組織としてだいぶ動きやすくなってきた。フィードバックもすぐに反映できる」

 意外かもしれませんが、日本の作ったものが世界で売られていることって、すごく少ないんです。でもThinkPadは日本で作っています。コモディティのパーツを使ったからといって、コモディティPCになるとは限りません。ただ、Lenovo 3000はわざとそうしました。ですから、企画を進めてから3カ月くらいで新製品ができてしまいます。でもThinkPadは18カ月もかかるんです。CPUを効率よく冷やすにはどうすればいいか、電源アダプタを5年間同じにするためにはどうすればいいかを考えているんです。

 ブロードバンドが普及し、どこでもネットワークに接続できるようになって、セキュリティの必要性が意識されるようになり、そして、ビジネスマンは世界中の人々といっしょに仕事をするようになりました。そこでは、ネットワークがなければ話になりません。昔はPCだけがあればそれでよかったのと比べると大きな違いです。

 大和研究所にいるエンジニアの設計思想は、そこからスタートします。レノボによって買収されたのは、その力が買われたのでしょう。レノボは、“買ったか買われたか”ということ以前に、“せっかく会社が変わったんだから力を合わせてやっていこう”という意識の重要性が分かっています。そして、それを実際に実行しています。だから、日本の開発陣は、世界中のレノボ拠点と一緒に仕事ができるのに必要なPCを作らなければなりません。「ニューワールド」「ニューカンパニー」とはそういうことです。これからの社会にどんなITが必要で、どんな働き方をしなければならないのかを模索しているのです。レノボ・ジャパンは、そういう意味で企業のワークスタイルのためのITを考えています。

ノートPCで重要なのは「コンシューマー向け」「ビジネス向け」ではない

 PCは、コモディティになったとはいえ、十分小さくなってネットワークも十分よくなりました。でも、あと10年すると変わるでしょう。蒸気機関が発明されてそれがのちになって機関車になったりしたような変化がITでも現れます。そのタイミングはこれからなんです。会社という場所で働かなくてよくなったりするなど、ライフスタイルも変わるでしょうね。

「ビジネスとかコンシューマーとかいっていますが、そうじゃないんです。世の中の生活を変えるには、お父さんが夕食を家で食べることが重要です」

 ビジネスとかコンシューマーとかいっていますが、そうじゃないんです。世の中の生活を変えるには、お父さんが夕食を家で食べることが重要です。そういうことを訴えたいと考えています。新しい社会を作っていこうとしたときに、ITはそれをサポートするのが前提となります。今のレノボにとってその役割を果たすのがPCというわけです。将来のノートPCに求められるものを考えるとき、本当に必要なことはそういう話なんだと考えています。

 世界の人たちがいっしょに仕事をするようになると、問われるのは(存在としての会社ではなく)個人です。私とスタッフが互いに家にいながら、ともに働いていけるような環境がすぐそこに見えています。実際、大和研究所では自分たちでそのことを実践してきました。テレカンファレンスは各国の時差を考慮して、夜の23時に始まります。そのまま会社にいると帰れなくなってしまうので、自宅でカンファレンスに参加してきました。こうして実践している彼らだからこそ、働くスタイルがこれから変わっていかなければならないということを知っているんです。

“指示”があれば中国でも品質維持は可能

─―これからレノボはどの方向に進んでいくのでしょう。

石田氏 IBMのビジネス対象には“個人”が入っていませんでした。さらに、サービスやサーバを売っている会社ですから、レノボだけではそれらを全部サポートできません。ですから、アウトソーシングの数は年間で100社にのぼります。でも、レノボは300万社に対してPCをセールスしているという実績があります。ここのポートフォリオがないと、先のことは考えられないといった感じでしょうか。

 今、レノボ自身が伸び盛りの段階にあります。それで、中国市場、日本市場を視野に入れながら、PC以外のものでも、何を作るかといったところに巻き込まれていこうとしています。大和研究所がそこに参加することで、レノボ自身が刺激されているのです。

 IBMの時代は、製品の企画や開発において自分たちの組織が足かせになっていたように思います。でも、レノボになってからは自由に発想できるようになりました。会社の規模が小さくなったのがいちばんのメリットかもしれませんね。なにしろ、2〜3回のコンタクトで組織のトップにたどりつきますから。その分、小回りがきくようになっています。なぜダメ出しされたのか、もう1回聞いてみようということができるようになったのです。会社って、「理由がよく分からないけどダメ」ということが多いじゃないですか。どうしてダメなのかを聞いてみると、クリアすべき条件があったりするんですね。そこを解決できれば「ゴー」が出る。「100%ダメ」ということはほとんどないわけです。それに、去年ダメでも今年はいいかもしれません。そんな再チャレンジもできるようになりました。

 レノボとは新しい会社がスタートする前からコミュニケーションを始めていました。品質管理規定で世界中のルールを移植する必要がありましたからね。明確化されていない部分をドキュメントにするなどの作業をしてきました。中国は品質が悪いといわれがちなのですが、プロセスをいったん作れば守ってくれるんです。例えば、チューインガムをかみながら仕事をするな、ということも、明示してあれば守ってくれるんです。ドキュメントに書いてないことが問題なんですね。

 これから中国が先進国になっていくと、生産現場を別の国に持って行くこともあるでしょう。そういう国でもやれていないことをやれとはいえませんからドキュメント化は重要です。このおかげで現在のThinkPadは以前と同様の品質を保てています。

 もともとThinkPadの生い立ち自身、最初から大和研究所ではありませんでした。1980年代の後半からいろんなものをやってきて、リコーさんと仕事をしていたことはユーザーの皆さんもご存じのとおりです。それが米国の目に触れたわけです。どうすれば、要求仕様を満たすものを作れるか考えるということが、もうThinkPadの遺伝子の中に組み込まれているといってもよさそうです。今度はレノボとして、それをもう1回やっていかなければなりません。軽さとパフォーマンスのバランス、形状、ペンのどこにフォーカスするか、バッテリーはどうか。屋外で使えるTFT液晶パネルはどうあるべきかといったことを、常に考えています。

 それを日常的に考えている開発者自身が広告コピーをつくるわけでもないので、彼らは今回のキャンペーンに使った「水の中にThinkPadが沈んだポスター」を見てずいぶん怖がっていました。ほかにも「凍らなければ動くが凍ったら動かない」とか、いろいろ言ってきます。米国で展開した広告コピーは、誇張か本当か分からないようなものが多かったのですが、日本を含むアジアのユーザーは誇張を理解できません。実際、その誇張を本気にして、「水の中で使えるThinkPadにぜひ使ってほしい」といったパーツの売り込みを含めて、問い合わせがいっぱいきています。

ついていくだけでは“日本はダメになる”

─―広告キャンペーンではかなり堅牢性がアピールされています。

「20年後には富士山のてっぺんが水に浸かっているかもしれないじゃないですか」

石田氏 ThinkPadの耐久性テストはほとんど常温環境のもとでやっています。レノボとしては極限環境における使用の保証をアピールしていません。とはいえ、オリンピックに出したり、エベレストに持って行ったりと、いろいろなことをやっていて、実際、トリノではゼロ故障でした。

 宣伝はできないけど、控えすぎといったことはあるかもしれませんね。防水にしても、うっかりこぼすことを考えているのであって、故意にやっても大丈夫とはいっていません。普通の企業における現場での使い方を想定しているだけなのです。看護師さんが5年間ワゴンに乗せて使う。これはレノボにとって普通のことです。でも、プールの清掃員が水浸しのところにThinkPadを持って行って使うのは、普通のことではありません。

 広告で表現した無茶は、やってみたいというお客様はいても実際にやるお客様はいないでしょうね。私たちとしては、この広告でエンジニアの姿勢を出したいと考えています。ベストバランスのものを作りたいのがエンジニアで、彼らがやりたいのは完全防水のPCを作ることではないんです。彼らは、究極のものを追いかけながら、実使用で想定した環境に近いものから順にやっていこうとしています。

 あくまでも売り物はハードウェアかソフトウェアです。それをできるだけ多くの人に使ってほしいと考えています。コアはテクノロジーでも、テクノロジーをインプリメントするエンジニアリングカンパニーとしての企業を目指します。

 そこまでこだわってやって何になるのとも言われます。でも、それが数年後に必要になることを分かってもらわないといけません。本当のことをいうと、メーカーとしては、あとからついていくほうが簡単なんです。ただ、日本人として考えてみてください。そんなことをしていたら、日本はつぶれてしまいます。つまり、レノボ・ジャパンがそれをやらないとレノボはつぶれてしまうということです。


 レノボ・ジャパンのポスターでは、水中で使われている完全防水のThinkPadが衝撃的だった。そのようなニーズがすぐにあるとは思えないとクギをさしながら「20年後には富士山のてっぺんが水に浸かっているかもしれないじゃないですか」と石田氏は笑う。大和のエンジニアにとっての普通のことは、我々が考える普通よりも、数歩先をいっている。そうして、ThinkPadは新しい“当たり前”を追求し続けているのだ。

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