連載
» 2008年09月18日 17時30分 UPDATE

元麻布春男のWatchTower:ARMはAtomを撃退できるのか

インテルが何度となく挑んできた組み込み向け市場に君臨するARM。「AtomはARMより優れている」と喧伝する“挑戦者”インテルに“王者”ARMが反論した。

[元麻布春男,ITmedia]

組み込み向け市場の巨人──ARM

 現在、市場で注目を集めているNetbookには、CPUとしてインテルのAtomが搭載されている。だが、AtomはNetbookのような低価格PC向けとして開発されたわけではない。従来のIntel製x86系CPUがなかなか入り込むことができなかった、強力な省電力性能を求められる組み込み用途を意図していた。そのため、Atomが狙う最初のターゲットとされていたのは携帯型のインターネット端末、MID(Mobile Internet Device)だったはずだ。

 このことは、最初に伝えられてきたAtomの開発コード名が、現在MID向けのAtomとして用いられている「Silverthorne」であることからも明らかだ(Netbook向けAtomの開発コード名は「Diamondville」で、Silverthorneを転用した派生モデルになる)。もちろんMIDの先に見据えているのは、より広範な組み込み市場、特にインターネット接続を求められる機器向けのCPU市場だ。

 一方、この種の組み込み市場で現在圧倒的なシェアを持つのがARMアーキテクチャのCPUだ。全世界で200社以上がライセンスするARMアーキテクチャは、英国のARMが開発し、そのIP(Intellectual Property:半導体設計などの知的財産)を半導体メーカーにライセンスする。ライセンスをうけた企業は、提供されたIPを基に自社のCPU製品を開発して販売する。開発、製造、販売まで1社で行うIntelとはまったく異なるビジネスモデルだ。

 組み込み市場向けにAtomを売り込もうとしているインテルは、今もARMからライセンスをうけている企業でもある。ハンドヘルド向けのXScale事業はMarvellに売却したものの、I/OコントローラなどでまだARMアーキテクチャの製品が残っている。将来的にインテルはこれらもx86系で置き換えるつもりだろうが、もう少し時間がかかりそうだ。

 いずれにしても、Atomで組み込み市場への本格進出を狙うインテルは、ARMと真っ向からぶつかる運命にある。インテルがAtomに関する説明を行うとき、ARMに対して挑戦的なコメントが述べられることも少なくない。インテルの挑戦を受ける形となるARMだが、こうしたインテルの挑発を快く思っていないのは明らかだ。ここでは、そのARMの反論を紹介してみたい。

kn_motoarm_01.jpgkn_motoarm_02.jpg インテルがAtomの優位性を示すために公開しているARMとの比較データ。性能比較のデータ(写真=左)では400MHz動作のARMと1.6GHz動作のAtomを並べ、互換性比較のデータ(写真=右)ではインターネットコンテンツの表示互換性を比べるといった、とても挑発的な内容となっている

インテルの比較データは“アンフェア”だ

 インテルとARMの大きな争点の1つが“パフォーマンス”だ。インテルが明らかにしているAtomのデータに対して、ARMは「公平な比較ではない」という。ARMの主張は、以下の3点になる。

  • ARMの性能算定基準になっているコンパイラが古い
  • ARMの性能算定基準に2次キャッシュのない構成が使われている
  • ARMの動作クロックが低い

 インテルの示しているデータをよく見れば分かるが、ここで示されているARMの性能のうち、実測されているのは一番下のARM11(動作クロック400MHz)だけで、それ以外はインテルによる予測(Projection)となっている。つまり、Cortex-A8の性能は、400MHzで動作するARM11の性能をベースにしたインテルの想像に過ぎないわけだ。

 400MHzで動作するARM11の性能は、古いコンパイラ(GCC)を用いて計測されていること、ARM11のプラットフォームには2次キャッシュがないことの2点において、Cortex-A8を性能推定のベースに用いるのは公平でない、というのがARMの主張だ。おそらくインテルは、ほかに使える数値がなかったから、と主張するのだろうが、ARMの反論はもっともである。

 さらにARMは同じ動作クロック、同じキャッシュサイズ、最新のコンパイラを用いて比較すれば、Cortex-A8の性能はAtomと同等、あるいはわずかに上回ると主張する。ただ、これは第三者が検証した結果ではないので、そのまま受け入れるわけにはいかないが、その可能性は否定できない。

 同一クロックでの比較というのは、マイクロアーキテクチャの比較としては正しくても、製品の比較として適切なのかは微妙だ。おそらくCortex-A8の公表されている最高クロックは1.1GHz程度で、Atomの最高クロックである1.86GHzには及ばないものと思われる(40ナノメートルプロセスルールのCortex-A8は1.67GHzで動作するとされるが、まだ製品化されていない)。そうであれば、製品レベルにおける絶対性能/ピーク性能としてAtomが上回っているのも、また事実だ。高クロックで動作する実製品がある、ということもまた優位性の1つであるからだ。

 AtomとARMの比較では、もう1つの重要なパラメータである消費電力の問題がからんでくる。もし1.86GHzのAtomと1.1GHzのCortex-A8の消費電力が同じなら、これはAtomの勝ちだ。が、おそらく動作時の消費電力はCortex-A8が低いのではないだろうか。ARMは、インテルの消費電力算出方法で比較して、1.67GHzで動作するCortex-A8(40ナノメートルプロセスルール)の消費電力は、1.86GHz動作のAtomより6.7倍優れるとしている。ただ、まだ量産されていない40ナノプロセスARMとすでに量産されているAtomを比較するのは、やはり公平ではない。

 もっとも、現在のAtomが、プラットフォームとしての消費電力がそれほど低くないのも間違いない。インテルのプラットフォームとしては、極めて省電力なのだが、ARMのSoCと比べればはるかに大きい。それはチップセットのダイサイズでも明らかだ。次のMoorestown(開発コード名)でアイドル時の消費電力を10分の1にするという目標をインテルは立てているが、1世代で10分の1にできるということは、現世代の消費電力が大きいことの裏返しでもある(現行のMenlowは、Parallel ATAなど、消費電力の大きなインタフェースをたくさん抱えている)。

高い互換性はAtom&Windowsに限られる

 インテルがAtomの優位性としてもう1つ挙げているのが、インターネットコンテンツとの互換性だ。Atomを搭載したMIDなら、ほとんどのWebページがエラーなして表示できるが、ARMベースのプラットフォームではそうはいかない、という主張だ。これに対してARMは、Webページを開けるかどうかは、CPUのアーキテクチャだけでなくソフトウェアにも依存するので、ARMプラットフォームでもPCプラットフォームと同様にインターネットを閲覧可能だと反論する。

 この反論のうち、ソフトウェアに依存するという主張はその通りだ。おそらく多くのユーザーは、WindowsとInternet Explorerの組合せでしか利用できないWebページが多数あることを知っているだろう。例えば、DRMのかかったコンテンツは、WindowsとInternet Explorerでなければ利用できないものが圧倒的だ。x86系CPUを搭載したシステムでも、Linuxを導入しているMIDで利用できないWebコンテンツがあることは想像に難くない。

 そういう意味では、フルスペックのWindowsで動くことが、x86系システムの大きな優位性であるわけだが、Linuxを導入するMIDには、それが当てはまらない。ARMが主張するように、ARMプラットフォームでもPCと変わりなくWebページを閲覧できるというのはいい過ぎだが、LinuxベースのMIDとの差がこれほど大きいかは、難しい問題だ。

 インテルが作成した、インターネットコンテンツの表示互換性とプラットフォームの関係を示すデータでは、ARMプラットフォームとして、Enterprise PDAからInternet Tabletまでの9種類がプロットされている。しかし、ARMプラットフォームの数はもっと多いはずだ。ARMのラインアップには、性能、消費電力、I/Oなど用途に応じて多彩なバリエーションがある。かつてのインテルのように、自分でARM系プロセッサの設計する権利を持つ企業もあるから、それこそ、全部で何種類あるか想像できない。ソフトウェアも、最終製品を販売するベンダーがカスタマイズしていることもある。

 それに対して、インテルが自分のデータで示しているように、MIDとして取り上げられているインテルプラットフォームは、自らが提供している1種類だけだと考えられる。ARMプラットフォームは、OEMがそれぞれに工夫を凝らした多数のバリエーションがある代わりに、1つのアプリケーションベースではない。例えば、ARMベースのNokia製携帯電話でFlashが利用できたとしても、AppleのiPhoneではFlashが利用できない。こうしたことはARMの世界ではよくある。Windows Mobileのような汎用OSを採用していても、インテルプラットフォームの代表であるWindowsを導入したPCほど互換性は保証されない。

kn_motoarm_03.jpgkn_motoarm_04.jpg NVIDIAの「Tegra」発表会で示されたFlash 9対応Operaを導入したARMデバイスで表示させたWebページのエラー数。PCベースのWebブラウザと同じ互換性を示している(写真=左)。また、同じ発表会で示された消費電力の比較では、スリープ状態、平均消費電力、TDPなどでけた違いの優位性をARMプラットフォームは示している(写真=右)

インテルとARMは“異質な巨人”だ

 ただ、インテルの世界は、プラットフォームが統一されており、A社の最終製品で利用できるアプリケーションは、B社の最終製品でもまず利用できる。後から追加することも容易であることが多い。これがインテルのプラットフォーム戦略だ。同じものを大量に作ることで、コストダウンとプラットフォームとしての互換性、そして市場の拡大を加速する。その代わりに最終製品ベンダーは、製品間の差別化が難しく、価格競争に陥りやすいが、これも製品の低価格化には寄与する。ARMの世界でも開発ツールの共用化など、プラットフォーム前提としての動きはあるだろうが、その拘束力はインテルと比べてはるかに緩やかだ。

 これを、「どちらが優れているか」という視点で捉えるのは正しくない。インテルとARMは異質な巨人なのだ。インテルは、これまでOEMごとに違うのが当たり前だった組み込みの世界に統一プラットフォームを持ち込もうとしている。これを歓迎するメーカーもあれば、苦々しく思うメーカーもあるだろう。ARMの多様性ある世界が維持されるのか、インテルの統一プラットフォームが力で押し切ることになるのか。

 MIDがその最初の戦場となりそうだ。

Copyright© 2016 ITmedia, Inc. All Rights Reserved.