連載
» 2009年04月09日 16時00分 UPDATE

矢野渉の「金属魂」Vol.2:時代を逆走した野人――Quantum「Bigfoot CY」

PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。第2回はQuantamの5.25インチHDD「Bigfoot CY」だ。

[矢野渉(文と撮影),ITmedia]

技術を磨いた職人のこだわり

 もうずいぶんと前のことになるが、僕はある雑誌の「ハードディスク研究」という特集の撮影で東京郊外の東芝の事業所を訪ねたことがある。ここには各年代のHDDが保管されているので、それを古い順にすべて撮影させてもらい、「ハードディスクの変遷」というグラビアページにしようという企画だった。

 ここでは各HDDの差がよく分かるように、上45度ぐらいの同じ角度から撮影することにした。最初に撮影したのが14インチHDD。かなり大きい。NTTに納品されたというそれは、金色のLPレコードを乗せたターンテーブルのような代物だった。これが高速でグルグル回るさまを1度見てみたいものだと思ったが、少しさびたそれは役目を終えて静かにたたずんでいるだけだった。

 8インチHDD、5.25インチHDDと撮影を続けるうち、僕はファインダーの中の絵に違和感を感じるようになった。角度は三脚で固定されているから、小さくなって行く被写体に段々と近づいて行くわけだが、どれを撮影してもデジャブ(既視体験)のような感覚が残る。集合で眺めるとおのおの全く大きさの違うものなのに、フレームで区切って見つめるとどれも同じものに見えるのだ。

 僕はスケールを一緒に写し込まなかったことを後悔した。同行した編集者が、「サイズは名前に入っているのだからいいですよ」と慰めてくれなかったら、もう1度最初から撮影していただろう。

 HDDの技術が、いかに初期段階から確立されていたかがよく分かった。ディスクが高密度化し小型化していくのと同じ縮尺で、周辺の部品(ヘッドやモーター)も小型化していく。あとは高回転化、高速化、バッファの増量を考えればいい。内部構造を新しいものへと進化させる必要など、どこにもなかったのだ。

 次に撮影したのが、いつも見慣れた3.5インチHDDだ。やっと現代に入った安堵(あんど)感があった。ディスクの表面も銀色の鏡面となる。ここから飛躍的に記録密度が高くなった証拠だ。ノートPC用の2.5インチ、さらに小さいモバイル用の1.8インチと撮影は順調に進み、終了した。

 撮影機材の後片付けをしながら、先方の技術者にふと尋ねてみた。「HDDって、どこまで小さくできるんでしょうか?」彼らの答えはこうだった。

――どこまでも小さくできますよ。注文さえあればね。

 そうなのだ。彼らは技術を磨いた職人なのだった。おアシ(お金)さえいただければ、ちょいと技を見せますぜ、なんていう庭師みたいだな。僕も同じような職業だから、よけい彼らの自信がカッコよく見えたものだった。

 後年、彼らは「社内からの注文があったので」携帯電話用(東芝のW41T)の0.85インチHDDをあっさりと開発してしまう。SDメモリーカードサイズの筐体の中に回転するディスクが入っている! と考えただけでもすごい。こんなモノを何気なく作ってしまうのが日本の技術者の「凄み(すごみ)」なんだと思った。

ht_0904bf.jpg シリーズ第2世代となる「Bigfoot CY」

逆転の発想で“巨大な足跡”を目指した野人

 常に小型軽量化、高速化へと進むのが正しい技術の進歩だとすれば、今回取り上げる製品はかなりユニークな視点から生まれた「鬼っ子」だといえる。HDDが3.5インチ全盛の時代に、5.25インチへと「退化」した唯一のHDD「Bigfoot」シリーズ。大きさ比較のために上に重ねてみたIBMの「microdrive」(1インチHDD)の、なんとかわいく見えることか!

 PC暦の長い人は経験していると思うが、Windows 95〜98あたりの時代は、いつもHDDの空き容量を気にしていた覚えがある。OSもアプリケーションもデータもどんどん肥大化していくのだが、HDDの容量がそれについていけない。小まめにディスククリーンアップをしても焼け石に水だ。

 大容量のドライブに換装すれば済むのだが、HDDの値段がなかなか下がらない。ユーザーのそんなイライラが募っていた時期に、Quantumから発売されたのが「Bigfoot」なのである。

 Quantumは、PCを自作する人間にとっては忘れられないHDDメーカーだ。ベアドライブが品数豊富で廉価だったことで人気だった。加えて、それぞれの製品にニックネームが付いていたことも親近感の向上につながっていた。僕の使っていた「Fireball」は、その名のとおり激しい発熱のため基板上のチップが燃え、本当に「火の玉」になってしまったが。

 さて、北米のUMA(未確認動物)として有名な「Bigfoot」だが、製品化された意図はとても分かりやすいものだった。HDDはプラッタあたりの容量を上げることが最も難しい技術を要する部分である。だから大容量ドライブは高価なものになってしまうのだ。

 しかし、ここでQuantumは発想を逆転した。プラッタそのものの面積を広げれば大容量ドライブを比較的安価に作れるハズだ、と。そのころの自作系のPCはミドルタワーが主流で、5インチベイが3基付いていたから、必ず1基ぐらいはドライブベイの空きがあった。ここに内蔵する5.25インチHDDを作ればいい……。

 このニュースリリースが発表されたとき、HDD難民たちは歓喜の声をあげた。えらいぞクァンタム! VIVA Quantum!! とはいえ、PCショップにはBigfootを買い求める難民の群れが……というふうにはならなかったのである。

 まずドライブの供給量がとても少なかった。また、店で見かけても、それほど安いドライブではなかったし、「大容量」をうたっている割には、最初は驚くほどでもなかった。写真の2111ATは2Gバイトの容量であり、1997年ごろにしたらまあ普通の容量だ。要するに全部が中途半端な製品だったのである。

 直径が約13センチのディスクは毎分3600rpmで、平均シークタイムは12ms、キャッシュ容量は128Kバイト。このスペックは当時の3.5インチHDDより少し劣る、といった数字だが、実際に使うとかなりの“もっさり感”がある。これでは売れるはずもない。

 そうこうするうちに3.5インチHDDの値段が下落しはじめ、Bigfootは姿を消した。それどころか2000年にはQuantumのHDD部門がMaxtorに売却され、ブランドそのものがなくなってしまった。


 今この不格好な、デカいドライブをしみじみと眺めていると、もしかして今の時代にこいつが再発売されたら、別の意味で存在感を示すのではないかという気がしてくる。

 今の技術なら、この5.25インチドライブの中に10Tバイトぐらいの容量を持たせることは簡単だろう。もしワンドライブでそれが可能なら、これは電気の使用量からしてかなりのエコドライブだということになるのではないか……。不器用に生まれて、悲しく消えていったこの金属を見ていると、つい肩を持ちたくなるのだった。

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