「ITは『会計』みたいなもの」――カンボジアでIT大学を立ち上げた日本人が考えること

» 2017年07月24日 06時00分 公開
[矢羽野晶子ITmedia]

 日系企業進出の続くカンボジア。一時の進出ブームは落ち着いてきたものの、2016年の日本からの投資は7億7370万ドル(Jetro調べ)と過去最高を記録。GDP成長率も2011年から6年連続7%台を維持していて、今も投資家の注目を浴びていることには間違いない。

 そんな中、ひときわユニークな日系企業がある。カンボジア南西部にある高原地帯キリロムで、大学やリゾート、長期滞在者向け施設などを備えた、総合学園都市の建設に取り組んでいるA2A Town (Cambodia)(以下、A2A Town)だ。

 代表の猪塚武氏は、アクセンチュアを経て、アクセス解析ソフト会社「デジタルフォレスト」を設立したIT畑の出身者。2009年にNTTコミュニケーションズに事業売却の後、2012年カンボジアで事業を開始した。

 猪塚氏はなぜカンボジアを選んだのか。なぜ総合学園都市なのか。本人に聞いた。

カンボジアを投資先として選んだ理由

 「自国企業の乏しいカンボジアは、国を発展させるためには外資企業を招くことが必須です。そのため、政府は外国企業への投資優遇措置をとっています。また教育レベルはASEAN最低で、人材不足は深刻な問題です。外資への優遇措置と高度な人材育成という唯一無二の事業、この2つがカンボジア進出への決め手でした」(猪塚氏)

 A2A Townが手掛けるのは、リゾート施設「vKirirom Pine Resort」と国際的な人材育成を目的としたIT大学「キリロム工科大学」を主軸とした、自然と都市の融合を目指すネーチャーシティー開発計画だ。広大な敷地内は今も開発中で、今後はゴルフ場、インターナショナルスクール(小学校)、長期滞在者向け施設、商業施設等を建築予定だ。

 キリロムは、プノンペンから南西に約100km、車で約2時間の場所にある高原地帯だ。一帯は国立公園になっており、A2A Townはここに政府から約100平方kmの土地を借りて事業開発をしている。

日本ではできない壮大な社会実験

 事業の主軸の1つであるキリロム工科大学は、国の教育省から認可を受けた全寮制のIT専門大学だ。

キリロム工科大学の学生たち

 現在は1クラス22人、全学生数は77人。入学試験にはIQテスト、面接、親との面談があり、現在の競争率は約20倍とのこと。授業料はスポンサー企業からの奨学金で全額サポートされる。

 授業は全て英語で行われ、外国人客員教授によるビデオ講義や、インターンシップ制度、実際のリゾート内プロジェクトに参画する実地訓練もあるという。カリキュラムは「今の時代を生き抜ける」内容であれば随時対応していく、柔軟な体制をとっている。

 「IT分野において、大学は企業に後れを取っているため優良な人材が不足しています。前の会社(デジタルフォレスト)でも、できるエンジニアを見つけることに苦労をしました。現在の日本の教育システムは固定的で、この問題を解決するのは難しい。これからの時代に生き残るグローバルで高度な人材を育てるべく、日本ではできない『壮大な社会実験』を、ここカンボジアで行っているのです」(猪塚氏)

 今後は観光、建築学科も創設予定。日本からの留学生も募っていき、将来の日本を担う人材育成にも視野を広げている。

世代や人種を超えた共生を目指して

 一方、リゾート開発事業のvKiriromは、もう1つの側面を持っている。それは、敷地内の土地を区分けにして投資家にサブリースし、投資家に学生寮(1棟4人)を建築してもらう。そしてそれを大学に貸し出すという「vKirirom セカンドホームプロジェクト」だ。

 リースバックは2600〜3600米ドルを最大10年間保証し、1年前告知で解約も自由。売却も可能だ。物件は将来的に、一般への賃貸や、自身の退職後の別荘として使うこともできる。

「この少子高齢化時代。キリロムの大自然の中、将来を担う学生と退職したシニア世代が共生する。そんな学びのある夢のコミュニティーを目指しています」(猪塚氏)

A2A Town代表の猪塚武さん。vKirirom Pine Resortにて

 今回、「IT企業のカンボジア進出」というテーマで猪塚さんにインタビューしたが、これに対して猪塚さんは「われわれはIT企業ではない」とバッサリ。

 「ITは『会計』のようなもので、企業の業種ではなく、全ての会社になくてはならない必要不可欠な分野です。ITの力を使って暮らしや社会の価値観を変え、幸せにつなげることこそが、私たちの目指すところです」(猪塚氏)

 vKiriromは、2018年9月に日本の教育家とコラボレーションしたインターナショナルスクールを開校予定。多言語教育やアクティブラーニングを取り入れた、国際人を育てる全寮制の小学校だ。工科大学も、入学時期を11月と4月の2回に増やし、日本の学生も取り込む準備を着々としている。

 一企業の進出という枠にとどまることなく、新しい社会の提案をし、そのモデルをカンボジアで作るというユニークな挑戦。これからも目が離せない。

ライター

取材・執筆:矢羽野晶子

編集:岡徳之


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