新型デバイスが切り開くメディアとコンテンツ産業の未来(後編)(1/2 ページ)

» 2010年05月25日 10時00分 公開
[小林雅一(KDDI総研),ITmedia]
※本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

 新しいコンテンツを開発する上で、出版業界から最も熱い視線を浴びているのが、4月3日に米国で発売されたiPadであることは言うまでもない。ただし一般消費者の間では、この新型端末がそもそも、どんな用途に使えるものかが、いまだ判然としないようだ。

どのようなコンテンツ(ソフト)になるのか

 iPad発売の当日、New York Timesをはじめとする米著名紙は、例によってApple Storeの前で待ち行列を作る人たちにインタビューしているが、そこでは「たとえAppleが新しい洗濯機や下着を発売したとしても、自分はそれを買う」といった類の答えが目立つ。iPadは発売から速くも100万台以上を販売しており、少なくとも当面はブランドロイヤリティが高いファンに支えられることになるだろう。今後、より広範囲の消費者層に受け入れられるためには、iPadの明確な製品コンセプトが確立される必要がある。

 Apple自身はiPadの発売と同時に、それがどのように使えるかを示すビデオを自社サイトで公開している。また米国の出版社が、iPadの発売に先んじて公開した数多くのコンセプトビデオも興味深い。下に示したいくつかのビデオを見れば、出版業界がiPadのような新型端末を使って、今後どんな方向に進もうとしているかをうかがえる。



 これらのコンテンツでは、従来の活字、映像、サウンドなどの垣根が取り外され、渾然一体となっている。それはもはや、新聞や雑誌のようなプリントメディアの延長線上にあるものというより、全く新しいカテゴリーのマルチメディアコンテンツと呼ぶにふさわしい。特にビジュアル性を重視するファッション誌や芸能誌が、iPadに向けて、この種のコンテンツを熱心に開発している。そこでは従来の記事(活字)と併せて、著名人のインタビューを収録したビデオ、人気アーティストの音楽ダウンロード、あるいは短編小説の朗読ファイルなど、実に多彩なコンテンツが1つのイシュー(号)にまとめられている。

 ある種のインタラクティブ性も、その特徴の1つとして挙げられる。上で示したSports Illustratedのコンセプトビデオでは、読者が気に入った記事をクリップして、それを友人にメールする場面も登場するが、さらに進めば従来の記事(活字)を、ゲームやSNSなど各種アプリと連動させるコンテンツもありうる。つまり、従来のプリントメディアが単に活字を読むだけの静的コンテンツであったのに対し、今後のプリントメディアはもっと動的でインタラクティブになる可能性が高い。

 もっとも当初、こうした新型コンテンツの多くは提供者(クリエーター)側の独りよがり、あるいは自己満足に終わり、一般読者からは受け入れられない恐れもある。なぜなら、これまでプリントメディアに期待されてきたものとは、あまりにもかけ離れているからだ。というのも、普段、私たちが活字に向かい合うとき、私たちの心は無意識のうちに、物事を深く考えたり、分析したりするモードになっている。逆にテレビを見るときには、心身をリラックスさせて映像を受け流すようなモードに切り替わる。

 これについて、著名なメディア研究者のマーシャル・マクルーハンはかつて「メディアこそがメッセージである」という名言を残している。その真意は「人は異なるメディアに向かい合う時、その心理状態を変えるので、メディアが運ぶ中身(コンテンツ)よりもメディア自体が人々を変えるようなメッセージ性を持っている」という意味である。

 このようにグーテンベルク革命(活版印刷)からラジオ、テレビのような電子メディアの登場まで500年以上かけて培われた、各種メディアに対する人々のマインドセット(心的態度)はそう容易に覆るものではあるまい。上記デモ・ビデオに示されたコンテンツは確かに斬新で、私たちをビジュアルに楽しませてくれる。しかし、これが必ずしも今後長期に渡って私たちが活字(を出発点とする)コンテンツに求めるものになるとは限らない。

 恐らくスポーツ誌やファッション誌、芸能誌のように、元々エンターテインメント性と視覚性を重視するコンテンツには、こうしたアプローチは適している。しかし逆に哲学書の類に向かい合う時、私たちは活字のみによる思索を求めるだろう。そうした純粋な活字コンテンツに対しても、新たなメディア技術による改良が試みられている。例えば以下のような技術がそれである。


 このデモビデオでは、「読者が活字に向ける視線を端末側が追跡し、例えばある単語に視線が釘付けになったら、その単語の意味を表示してくれる」、あるいは「ページ上で読者の視線が泳いだら、その直前にどこまで読んだかを端末が教えてくれる」という技術を紹介している。たかが「活字を目で追う」という動作にさえ、技術革新の余地は残されているのだ。

 今後、あらゆるケースを想定して開発者側の試行錯誤が繰り返され、ある程度の時間をかけて新たなコンテンツのスタイルと、それに対する読者(と言うより、コンテンツ消費者)のマインドセットが確立されていくだろう。

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

アクセストップ10

最新トピックスPR

過去記事カレンダー

2024年