たくさんの名刺を絞り込むのは大変だ。「でも、実はみんな名刺をもらった瞬間にジャッジをしているんじゃない? オレはジャッジしますよ、3秒くらいで」。例えば相手の目を見た瞬間に「この人、芯のしっかりした目をしている」「この人、若いのに面構えがいいな」など。明確にメソッドがあるわけではないが「人間の第一印象は2〜3秒で決まると言われている。ビジネスの世界も一緒で、自分が相手に抱いた第一印象、つまり直感は得てして当たるんじゃないかな」。
「このジャッジをビジネスマンが皆やったら、名刺交換が相当本気になるんじゃない? 自分が相手を3秒でジャッジするかわりに、相手からも一瞬でジャッジされるわけだから、コワいよね。でもビジネスにはこんな“ある種のコワさ”――すなわち生きるか死ぬかの本能的な感覚が必要なんだよ」
荒木さんがフリーランスだからかもしれないが、なあなあな名刺交換は許せない。「名刺交換は日常的にやっているけど、よくよく考えれば1人の人と1回きりのチャンス。それが、なあなあになるっていうことは相手に失礼だし、自分の可能性も見限ることにつながる。1回きりだと思うと、毎日真剣になるはず」
「この人にどう食らいつこうか」「立場が上の人間をどう口説き落とそうか」などなど。1回限りの名刺交換は無駄にはできないから、そのための準備であったり、会話の構成であったり、そのあとのコミュニケーション戦略にまで、意識が必然的に向かうはず――というのが荒木さんの考えなのだ。
一期一会をおざなりにしない。相手に本音をぶつけるのが荒木流だが、こうした仕事の心構えはどうやって身についたのか。「自分自身がモゴモゴしていたら、相手もモゴモゴしてしまう。名刺交換がモゴモゴで終わると、荒木という人間が誰だか分からないままになっちゃう。これが最も危険」
本当のことを言わないと好かれもしないし、嫌われもしない。「嫌われるのが怖くないので、オレは名刺交換の段階からハッキリとモノを言う。誰に対しても。結果として、ものすごく好かれるようになるし、ものすごく嫌われるようになる」
すると人間関係にも変化が起きる。初対面で自分のスタンスを鮮明にすると、相手の心は大きく動きやすい。嫌いな人は離れるが、その一方で自分のことを好きになってくれる人だけどんどん来てくれるようになるのだ。「ちょっと好きという人ではなくって、スゴい好きな人が集まってくる。ビジネスの大前提は自分のファンを作ることだよ」。荒木さんを好きな人が周囲に集まると「荒木さんって、面白い人がいるんだよ」と、知らないところでいい噂をどんどん広めてくれる。荒木さんは自分をはっきりアピールするから、紹介する人も「荒木さんにこの人は合わないな」という判断がたやすくなる。
この「すごく好きになってくれるから紹介してくれる」という好循環こそが「まさしく『名刺は99枚』の発想になった。「荒木さんに仕事を頼みたいんだけど」という人がほとんど荒木さんの「キャラ目当て」。「どんな企画作ってくれるんですか」という前に「荒木さんと仕事がしたいんです」と言ってくれるのだ。
「オレ、全然まだ羽ばたいていない。自分では1人前だとは思っていないし」と謙遜する荒木さん。だがちょっと自信も出てきた。「昔、オジサンが自分では営業しないと言っていたけど、気づいてみればオレも営業しなくてもいろいろと仕事が舞い込んでいる。オジサンが当時50歳だったけど、オレが今40歳になって若干近づけたのかなって」
荒木さんの語り口は軽妙で、時には笑いを織り交ぜながら、ズバズバとエピソードを並べていく。遠慮することのない「しゃべり」は、話として面白くて引き込まれる一方で、仕事相手となる経営者の中には、疎んずる人も出てくることは想像に難くない。
実際、契約寸前の経営者ともめたこともある。「オレがしたいといった企画に対してNGが出たので止めてしまった。普通は社長のリクエストを飲んで『やらせてください』となるんだけど、NGの理由に納得がいかなかったので断った。企画に欠かせない要素に後からNGを出されたので、それなら企画そのものが骨抜きになってしまう。ギャラが高かろうが安かろうがオレがやる意味がなくなっちゃう」
オレしかできないコトをオレがやる――と言い切る荒木さんの仕事術は、フリーランスであるなしは関係なく多くの人に有効なもの。「能ある鷹は遠慮することなく爪を出した方がいい。隠しすぎでしょ、みんな」という荒木さんの言葉は、多くのビジネスパーソンの背中を強く押すエールだ。多くの読者が、そのエッセンスの一部でも受け止めてくれることを期待する。
1971年、千葉県生まれ。ビジネスコンサルタント。荒木News Consulting代表。早稲田大学教育学部で心理学を学び、卒業後、帝人に入社。半年で退職。その後PR会社で働きながら独自のマーケティング理論を確立し、28歳でフリーランスとして独立。以降、全国展開する書店の経営企画室向けにマーケティングリポートの執筆やセールスプロモーションのプランニングなどを手掛ける。その他、PRコンサル、新規ビジネスのプランニング、カルチャースクールの企画開発など、業界をまたいで中小企業経営者のサポートを行う。
「企画書はペライチで十分」「プレゼン準備はしなくていい」など、常識破りの仕事術が持ち味。名刺についても「名刺(=人脈)を減らすことは反対に人脈を呼び込むことにつながり、ビジネスを劇的に飛躍させる」と気付いたことから、『名刺は99枚しか残さない』(メディアファクトリー新書)の執筆につながった。
年内には2冊目の発売も決定しており、現在執筆中。「名刺本の評判はいいが、名刺をたくさん持っている30代以上のビジネスマンをターゲット。けっこうマニアックな内容だったかもしれない。次の本はまったく異なるテーマで、ターゲットは20代とその親。もちろん、30代も10代も楽しめるように書くけどね」という。
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