アフターフォローの魔力:感動のイルカ(2/2 ページ)
営業を続けられるか不安に思い始めたときに、上司の三善啓太が教えてくれたことは、実にシンプルだった。お客との出会いに感謝して、お客を本気で好きになれ。口下手の利点を生かして、いい聞き手になれ――。それだけだった。
たまたま、もうすぐリース切れのタイミングに行きあうことなどもあり、そういうときには大きな商談になることもあった。浩の売り上げは少しずつ、しかし目に見えて増えていった。
人は不思議なもので、誠意を見せるとほかの人に紹介してくれるということが分かった。紹介が紹介を呼び、浩の得意先リストはどんどん膨らんでいった。
最初のうちは定期訪問していたが、それでは間隔が開きすぎるようになった。それで、浩はレターを書くことにした。忘れられないようにするためだ。最初は切手代がもったいないので、訪問する代わりにポストに入れていった。
内容は、一切売り込みをしないものにした。忘れられないためだけなのだから、自分の身近なことを書いた。連絡先の電話番号だけは書いておいた。
以前より間隔は開くようになったが、直接顔を出すことは続けていた。ある日、訪問した中小企業の社長がにやにやしながら迎えてくれた。
「ねえねえ、頭触らせてよ」
「あ。例のやつですね。お手柔らかに」
「おお。これはでかいコブだね」
事務員の女性もくすくす笑っている。
1週間ほど前に、飲みすぎてひっくり返った。目が覚めたら路上で寝ていた。頭が痛い。さわるとでかいコブができていて、あわてて病院に行ったという話をレターに書いていたのだった。レターにはそういうとりとめのない話ばかり書いている。
「しかし、毎週毎週、あんなくだらないことばかりよく書くなあ」
「恐縮です……」
「最初は、なんだこれって思ってたんだけど、結構楽しみになっちゃって」
浩は純粋にうれしく、この社長が心底好きになれると思った。
「ちょうど、うちもさあ、LANっていうの、あれ入れようと思って。でも、全然分からないから提案してよ」
「ありがとうございます」
こんな風に商談がすぐ成立することは珍しかったが、ほとんどの訪問先が笑顔で迎えてくれるようになった。浩は、どんどん営業の仕事が好きになっていた。
そのうち、レターを入れている先から電話がかかってくるようになった。これが啓太の言っていたアフターフォローをきちんとしていれば、電話がじゃんじゃんかかってくるようになるということなのか、と実感した。
1年後、浩は営業所でトップクラスの売上成績となり、部下を持たされることになった。
浩は今まで続けてきたことを1人でやるのに限界を感じていたので、部下をつけてもらえるのは歓迎だった。多くの新規マネジャーは、部下を持たされることをあまりうれしく思わない。自分の成績だけでも精一杯なのに、部下の面倒まで見ていられないと感じるからだ。
浩はせっかく預かった部下だから大事に育てないといけないと思った。自分が教えることは大してない。売り込まず、お客の話を聞き、お客を心底好きになるだけだ。これを徹底し、あとはレターと定期訪問で忘れられないようにしていれば、電話で見積依頼がくる。紹介も次々と来て、訪問先はどんどん増えていく。
これをチームでやれば、得意先リストは今まで以上に加速的に増えていくはずだ。そのためには部下にも同じ気持ちになってもらい、同じやり方を伝えなければならない。
浩は、最初のうちは徹底して部下に同行し、だめだったところをフィードバックした。部下がある程度要領が分かってきたら、ひとりで行かせるようにした。必ず夕方には帰社させて、今日一日やったことを面談で聞き出した。きめ細かなフォローが効を奏して、最初の部下は数カ月で上位の成績があげられるようになった。
こうなると部下は2人、3人と少しずつ増えてくる。
浩が3年目を迎えたときには、15人の部下を持つようになっていた。
著者・森川滋之のメルマガについて
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著者紹介 森川滋之(もりかわ・しげゆき)
ITブレークスルー代表取締役。1987年から2004年まで、大手システムインテグレーターにてSE、SEマネージャーを経験。20以上のプロジェクトのプロジェクトリーダー、マネージャーを歴任。最後の1年半は営業企画部でマーケティングや社内SFAの導入を経験。2004年転職し、PMツールの専門会社で営業を経験。2005年独立し、複数のユーザー企業でのITコンサルタントを歴任する。
奇跡の無名人シリーズ「震えるひざを押さえつけ」「大口兄弟の伝説」の主人公のモデルである吉見範一氏と知り合ってからは、「多くの会社に虐げられている営業マンを救いたい」という彼のミッションに共鳴し、彼のセミナーのプロデュースも手がけるようになる。
現在は、セミナーと執筆を主な仕事とし、すべてのビジネスパーソンが肩肘張らずに生きていける精神的に幸福な世の中の実現に貢献することを目指している。
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