PCと通信インフラの性能には、1つの共通項がある。それは“スピードは正義であり、麻薬”だということ。速さにまさる快楽はなく、それに慣れれば、後戻りすることは難しい。
2007年前半、筆者はHSDPAでこの“後戻りできないスピード”を体験した。
HSDPAを使ったサービスの中で、最もインパクトが大きかったのがイー・モバイルの「EMモバイルブロードバンド」である。これは筆者のワークスタイルを劇的に変化させた。筆者は当初、13年ぶりの新規加入キャリアとして実験的に使うつもりでイー・モバイルの「D01NE」を購入したのだが、今では仕事に欠かせない業務ツールになっている。
イー・モバイルの魅力は、そのスピードの速さ、予想以上に充実したエリア、そして安定性だ。
まずスピードだが、都内中心に利用している筆者の環境で、平均して1〜2Mbpsの実効速度が得られている。最近ではユーザーが増加したためか、オフィス街で実効2Mbpsを超えることは少なくなってきたが、それでも1Mbpsを下回ることは少ない。環状7号線沿いの自宅の書斎では、いまでも平均して2Mbps以上のスピードが出ている。
一方、サービスエリアは全国で見ればいまだに整備中であるが、開通エリアの充実度は予想以上によい。地下でなければ、ビルなど建物の中まで電波がよく届いている。窓のある飲食店、駅(地下鉄を除く)や空港施設内で圏外になることはほとんどないので、イー・モバイルを使い出してから筆者は公衆無線LANサービスのホットスポットを探すことがなくなった。“いつでも・どこでも”PCを広げれば、インターネットにつながる安心感は大きい。
また、イー・モバイル+ノートPCの利用スタイルは、打ち合わせやブレインストーミングの可能性を広げた。筆者は業界関係者と朝食や昼食をとりながら意見交換や打ち合わせよく行うのだが、今まで無線LAN環境がない店舗では、議論でふと話題になったサービスやニュース記事をすぐに相手に見せられず、その説明に時間を取られるといったケースがあった。しかし、イー・モバイルがあれば、店内でも平均で1Mbps前後のスピードが得られるので、議論のスピードに遅れることなく、いま話題としているサービスや記事にアクセスし、議論の俎上に乗せることができる。この時間節約と、“百聞は一見に如かず”を最大限活用して議論を深められるメリットは大きい。
このようにイー・モバイルのHSDPA環境に慣れてしまうと、出張先でエリア外に出たときに感じる落差はとても大きい。PHSでインターネット接続はできるものの、あまりの遅さに絶望的になる。つい1年前まで、同じPHSのモバイル通信環境を使っていたのが嘘のようだ。贅沢といわれればそれまでだが、それだけ通信インフラの速度が、モバイル環境での生産性にとって重要なことの証左でもある。
もう1つのHSDPA体験が、仕事用で使っている携帯電話を、NECの「N904i」に変えたことだ。これまでもHSDPA対応のFOMAハイスピード端末を試験的に使うことはあったが、それらはスタンダードモデルでなかったこともあり、常用はしてこなかった。メイン端末をHSDPAにしたのは、N904iが初めてだ。
結論からいえば、N904iを日常的に使うようになると、iモードをはじめとするコンテンツやサービス全般の利用感覚ががらりと変わる。さまざまな情報検索、ニュースのチェックがすばやく行えるので、「気になることは、すぐに調べる」ことが苦にならなくなる。さらに先日公開された「モバイルGoogleマップ」など、扱うデータ量の多いアプリでもHSDPAならば快適な速度で利用できる。モバイルGoogleマップはユーザーインタフェース(UI)が優れていることもあるが、地図から街の情報を調べるスタイルが定着しそうだ。
auでCDMA2000 1XからCDMA 1X WINに切り替わった時も、高速化による快適性の向上と、「もう1Xのスピードには戻れない」という感覚を覚えた。しかし、HSDPAによる変化の手応えは、auの時よりもさらに大きい。ドコモでは次期905iシリーズからHSDPAに標準対応する見込みだが、“プレ905i”ともいえるN904iを常用した経験でいえば、スピードそれ自体が強い商品力を持ちそうだ。むろん、店頭でそれが訴求力になるには、モバイルGoogleマップのようにスピードの恩恵が一目で分かるサービスがいくつか必要だろう。しかし、うまく“スピードの速さ”がアピールできれば、HSDPA対応の905iシリーズはベストセラーになる可能性がある。
イー・モバイルやドコモで体験したHSDPAのスピードは、もはや以前の環境に後戻りできないものであり、モバイルコンテンツやサービスの世界を変えるのに十分な潜在力を感じるものだった。W-CDMAを採用するドコモやソフトバンクモバイルは、早急にHSDPA移行を推し進めるべきだろう。また、3Gのスピード競争で一歩リードしたauも、他キャリアに追い抜かれないようにCDMA2000 1X EV-DO Rev.AやRev.Bなど新たな高速化技術の導入と展開を急ぐべきだ。
やや停滞感がある今の携帯電話サービスやビジネスにおいて、ユーザーに「もう後戻りできないスピード」を提供することが、最良のカンフル剤になるのではないだろうか。
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