ITmedia 3月には、イー・モバイルが13年ぶりの新規事業者としてHSDPAの定額データ通信サービスを始めました。来年(2008年)はドコモのローミングも利用して、全国で音声サービスを始めることも決まっています。イー・モバイルの今年の活躍はどうご覧になっていますか?
神尾 彼らの成長源はウィルコムのデータ通信ユーザーなので、そこを食い切るまでは伸びるでしょう。ただ、「EM・ONE」は売れてないですよね(苦笑)。みんなそろそろスマートフォンの限界に気づこうよ、と私は思っているんですけど。
ITmedia それはWindows Mobileの限界に気づこう、ということでしょうか。
神尾 現在のスマートフォンの方向性は、将来の大きな成長を約束してくれる市場ではないですよ。グローバル市場のように母数そのものが大きければ、全体の構成比が限られていても、価格と利益率の高さでカバーできますが、日本市場だと厳しいでしょうね。
石川 あれ(スマートフォン)を持つと仕事ができるみたいな幻想がありますよね。夢を抱く端末としてはいいんですが……。データ通信事業も含め、イー・モバイル全体ではいいんですよ。ただ神尾さんもおっしゃったように、ウィルコムから取ったデータ通信市場も限界になってくるだろうし……。
神尾 イー・モバイルが今後伸びるかは、実はノートPCの市場が重要だと思っています。ノートPCがどれだけ簡単に、モバイルのデータ通信を内蔵する方向になってくるのかという。携帯電話ライクな、カジュアルなノートPC市場が創出されるかどうかが重要かなと。
石川 今年(2007年)後半になって富士通やソニーがドコモのHSDPAに対応したノートPCを出してきました。ああいう製品こそイー・モバイルは出すべきだと思うんですよ。そこを(ドコモに)先に取られたのは痛かった。
ユーザーからすると、「なんでドコモの1万円の定額データプランにしないといけないんだ」という不満があります。そう考えると、(データ通信サービスの価格がリーズナブルな)イー・モバイルは、EM・ONEではなくて、ノートPCを手がけたほうがよかったんじゃないかなと思います。
神尾 データ通信端末は、買ってきてUSBにポンと差すと、ドライバも自動的に組み込まれて、「接続」を押すとすぐにネットワークにつながる、という簡単さが重要です。(イー・モバイルの端末は)それに準じるところまで来ているので、それくらい簡単かつ気軽なモバイルのデータ通信端末としてやったほうが受けがいいんじゃないかと思います。
とにかく「USBにこれをつなげば確実にインターネットにつながりますよ」という方向性に徹底したほうが、イー・モバイルにとっていいという気はします。ADSLやFTTHより簡単で、どんなデジタル機器でもインターネットにつないでしまう製品とサービスですね。
石川 あとはauが「WINシングル定額」というリーズナブルな料金のデータ通信サービスを始めてきたので、これがどう来年に影響してくるのかという興味はあります。全国どこでも使えるというのは大きいですね。
神尾 イー・モバイルのエリアも、もう(大都市圏だけを行き来する)普通の出張族には全然問題ないですけどね。
石川 自分の場合、たまにサーキットとかに行くので、まずイー・モバイルが対応しないことを考えると、auかな……。
神尾 そこは使う場所の違いですね(笑)。私は地方でも政令指定都市以外にはほとんど行かないので、すでにイー・モバイルで困ったことはないです。そのあたりはデータ通信市場として、棲み分けされていくんでしょうね。
石川 auは定額のプラスとして、アップロードが速いことを売りにしています。だからデータ通信サービスの需要がどこまで上がるのかは気になりますね。
神尾 この業界、新規キャリアが辛い戦いになるのは目に見えているので、イー・モバイルはもう少し特化型でやってもいい気はします。あと、今さら音声を始めて付加価値を付けられるのかは未知数ですね。
石川 ソフトバンクの月額980円がスタートラインになるから、定額をやろうと思ったら、「じゃあそこからどうするの?」ということですね。21時から1時までは(ウィルコムが宣伝しているように)“イー・モバイルタイム”になるとか、それぐらいやらないといけない気はします。
神尾 今の日本の通話環境で、すでに音声定額商品が出そろっていて、「これ以上何があるの?」という感じはします。
ITmedia イー・モバイルは「音声は絶対に必要だ」と考えていますね。
石川 でも千本(倖生)会長は、「音声通話の時代は終わった」といったことを言っていますよね。
神尾 単純な電話サービスだったら、イー・モバイルで無理にやる必要があるのかという疑問が出ますからね。今後、MVNOで総合的なサービスラインアップが用意できるようにする、そのための下地としては必要でしょうけれど。
石川 来年(2008年)音声サービスを始めるときに、それこそSkypeフォンのようなものを出してきたら、それはそれで盛り上がるのかなという気はします。
神尾 そう考えると、厳しい話ばかりですね、来年(2008年)は。
石川 そうですねぇ。でも、ドコモやauが(データ通信の)定額サービスを導入したのは、イー・モバイルが参入したからであって、その面ではイー・モバイルは新規参入としての役割をきっちり果たしたといえます。
神尾 個人的には、イー・モバイルにはもう一歩モバイルデータ通信やノートPC市場をドーンと伸ばすことをやってほしいですけどね。スマートフォン市場の伸びしろには限界があるので、むしろノートPC市場に対して追い風になるサービスを用意して、新たな市場を作った方がいいのではないでしょうか。
石川 そのへんはウィルコムにも言えることなんですけどね。
神尾 毎月3000円以下で2〜3Mbpsのモバイルデータ通信ができるUSB端末が普及すれば、各社はノートPCにもっと力を入れますよ。そうすれば、PCだけでなく、ゲーム機などもモバイル対応などを前提に商品企画をするようになるし、車もそういった展開をしてくるでしょうし。イー・モバイルは水平分業型の事業者なので、垂直統合型の既存キャリアができないことを仕掛けてほしいですね。
石川 モバイルWiMAXは、モジュール化して(ノートPCに)内蔵するといわれていますが、対応するにはなかなか時間がかかるでしょう。だったら先ほど神尾さんがおっしゃったように、いろいろな場所にUSB端子を付けて、自分の端末を差すほうがよっぽどスマートだし、ユーザーにとってもコスト負担が下がるので、その路線はありだと思いますね。
神尾 2〜3Mbpsのデータ通信が3000円以下で使い放題だったら、ノートPCユーザーはけっこう増えるんじゃないでしょうか。どこでも使えるノートPCとイー・モバイル端末という組み合わせがあってもいいと思います。
石川 今、企業ではノートPCを持ち歩けなくなっているところが多いので、その点がどうなるかですね。
神尾 (それ以前に)何が問題かというと、「ノートPCを持ち歩く」=「ビジネス利用」とすぐに考えることです。それは今までモバイルのデータ通信コストが高かったから、そういう発想になっていたんですよ。でも、安くて定額で、ADSLくらいの感覚で(モバイルデータ通信を)使えるようになると、「コンシューマー向けモバイル」という視点もアリだと思うんですよね。
最近はインターネットが欠かせない「生活ツール」になっていますし、ブログやSNSを利用している人も多い。その人たちにとって「ケータイやスマートフォンが本当に使いやすいのか?」という問題になるじゃないですか。きちんとネットを使うならば「ノートPCのほうがいいんじゃないの?」という気がします。
そう考えると、常に持ち歩く必要はないけど、いざというときに持ち歩けるノートPCとADSLくらいのモバイル通信インフラがあるほうが便利です。コンシューマー向けのモバイル通信サービスは、コンシューマーノートPCの市場にとってプラスだと思います。今、小型化・軽量化・長時間化の技術はだいぶ成熟してきたので、需要さえあれば魅力的なモバイルノートPCの商品は出てくるでしょう。
石川 そのへんがまだ、ノートPCメーカーは踏ん切りがつかないんでしょうね。かつて10〜12インチクラスのノートPCはたくさん出ていたけど、今はなかなか売れないといわれているので、定額の安いデータ通信が押し上げてくれるとプラスに働くでしょうね。
神尾 「コンシューマーのカジュアルなPCの使い方」=「モバイル」という環境を作るために、安いモバイルデータ通信サービスを始めることは意義があると思います。PCが家でしかネットにつながらないのは、PCのネットユーザーが増えない原因でもあるので。
石川 確かに、家のPC用にブロードバンド回線を引いて月に何千円も払うんだったら、持ち歩けるノートPCで何千円払ったほうがお得感はありますからね。
神尾 “モバイル”というと、毎日苦行のように通勤・通学に持っていかないといけないイメージがありますが、旅行先で使うとか、正月に実家に帰るときに持って行くとか、「いざというときに持ち歩ける」だけでメリットがあります。
石川 デジカメで撮った映像をバックアップしておくとか、今はSDカード対応のビデオカメラも出てきているので、ノートPCを持ち歩いて映像を残しておくとか、使い道は広がりますよね。
神尾 そういう新しいネットとのつながり方を提案するような、シンプルな料金やサービスにイー・モバイルが特化してくれたほうが、むしろ業界のためになると思います。
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