「ボーダレス時代が幕を開ける」それを感じたワイヤレスジャパン神尾寿の時事日想

» 2008年07月23日 20時15分 公開
[神尾寿,Business Media 誠]

 7月22日、東京ビッグサイトで通信・ワイヤレス・モバイル機器の総合展示会「ワイヤレスジャパン 2008」が開幕した(参照記事)。毎年秋に開催されるIT・エレクトロニクスの総合展示会「CEATEC JAPAN」(特集記事)に比べると規模は小さいが、ワイヤレスジャパンは“モバイル”に特化した密度の高いものになっている。特に今年は、今後本格化するスーパー3G(LTE)やモバイルWiMAX時代を見据えて、未来志向の内容の濃いものになっている印象だ。

 一方で、今回のワイヤレスジャパンでは、これまでの携帯電話業界とは異なる風向きも感じられた。海外の携帯電話メーカーやベンダーの、日本市場に対する積極姿勢である。

 今日の時事日想は特別編として、ワイヤレスジャパンに見られた業界変化の兆しについてリポートする。

巨大な展示ブースを構えたサムスン電子

 「開催の直前になって、展示ブースの規模を倍にしたいという申し入れがあったそうですよ。主催者側は調整にずいぶんと苦労したようです」

 ある出展企業の幹部が、嘆息とも感嘆ともつかない声で話す。ここだけではない。ワイヤレスジャパン会場の至るところで、その噂が駆けまわり、巨大で派手なブースに人々の目が釘付けになる。

 その視線の先にあるのが、韓国のサムスン(Samsung)電子のブースだ。場所はNTTドコモブースの真向かいで、規模や展示内容の派手さにおいてもドコモに負けていない。

サムスン電子のブース。NTTドコモやKDDIなど携帯電話キャリアに匹敵する大規模なブースを構えていた。場所もNTTドコモの正面で、日本の携帯電話メーカーの間に割って入ったようにも見える
サムスン電子の携帯電話ラインアップ。多種多様なモデルが取りそろえられているのは、グローバル市場の規模を背景にしているからこそだ

 実際に会場に訪れると、さらに驚くことになる。サムスン電子の近くには、日本の携帯電話メーカーのブースも並んでいるのだが、サムスン電子に拮抗している規模のブースを構えているのはシャープとパナソニックのみ。NECや富士通は完全に負けている。展示内容の質と量まで鑑みればサムスン電子の圧勝だ。

 サムスン電子が積極的に展示するのは、ハイエンドモデルの「OMNIA(SGH-i900)」、ミドルレンジモデルの「F480 Touch Wiz」、そしてデザイン性を重視した「Soul」(参照記事)の3機種だ。この中でOMNIAはタッチパネルとWindows Mobile 6.1を搭載したスマートフォンで、業界関係者からは「AppleのiPhone 3G対抗馬」と目されている(参照記事)。また、Touch Wizもタッチパネルを搭載し、次世代のUIトレンドに対して意欲的なモデルになっている。

サムスン電子が展示に力を注ぐ「OMNIA」「Soul」「Touch Wiz」。先進性やトレンドの先取りといった点では、日本メーカーより上を行く。グローバル市場を背景にした“規模の大きさ”も無視できない

 これら個々のモデルについてのレビューは別記事に詳しいが、筆者が感嘆したのは、サムスン電子の展示方法だ。同社はOMNIAを中心にこれらのモデルの実機を大量に用意し、来場者が気軽に試せるようにしている。その上で、日本人が展示端末を使っているとスーツ姿の同社関係者が近寄り、「日本ではどうですか?」と感想や問題点を積極的に聴き取っているのだ。特にOMNIAについては、年内にも日本市場投入を計画しているようで、とても熱心に来場者のヒアリングを行っていた。大規模かつ派手なブースで人々を集めて、中では積極的かつ真摯に自社の新製品への意見を聴く。その姿に、サムスン電子の日本市場に対する「本気」を強く感じた。

 「サムスン電子は年間で約330機種(各国向け仕様変更も含む)を発売し、2008年にはグローバルで2億台の販売規模を目指しています。日本市場も重視しており、日本独自サービスへの対応も含めて、様々な検討をしているところです」(サムスン電子幹部)

 ドコモと、それを取り巻く日本メーカーのブースに、割り込むように大型ブースを構えたサムスン電子。そこに、日本の携帯電話業界の“今”が、縮図のように描かれているように感じた。

データ端末とインフラ設備を積極アピールするHuawei

 サムスン電子の近くには、中国・深センを本拠地とする通信機器メーカーHuawei(ファーウェイ)がブースを構える。両隣はNECと富士通で、ブース規模はこの日本メーカー2社よりも大きい。サムスン電子ほど大胆ではないが、やはり“割って入った”ような構図になっている。

Huaweiの展示ブース。こちらも大きく、両隣のNECと富士通のブースを圧倒している

 Huaweiが展示するのは、データ通信関連の設備や端末がメーンだ。特に3G用のデータ端末は、すでに日本でもイー・モバイルが採用するなど実績がある(参照記事)。今回は日本未発売の製品も含めて、既存のHSDPA端末だけでなく、HSPAやデジタルTV機能内蔵のユニークなものまで、数多く展示されていた。

 さらにブースの奥に足を運ぶと、スーパー3G(LTE)用の通信設備の展示に大きなスペースが充てられていた。3.9Gと位置づけられるLTEは、ドコモのスーパー3Gが技術開発や商用化の面で世界をリードしており、グローバルでも世界の次世代インフラ標準になっていく見込みだ。Huaweiのブースがあるのは、ドコモブースも位置する一角。ここでLTEの積極的な展示を行っていることは、この次世代インフラに時代に何とか食い込もうという意気込みの表れだろう。商談ブースでは日本語と英語が飛び交い、Huawei関係者が携帯電話に向かって中国語を早口でまくし立てている。その活況もまた印象的であった。

Huaweiが得意とするのは、3Gでのデータ通信関連機器。特にデータ端末のラインアップは豊富。ブース奥ではLTE時代に向けて積極的なPRと商談が行われていた

ボーダレス時代が「日本の力」になる

 サムスン電子とHuaweiは象徴的な例であるが、他にも今回のワイヤレスジャパンでは、海外企業の姿や話題がそこかしこにあった。

 例えば、世界最大の携帯電話メーカーであるノキアは、会場内にブースこそなかったものの、スマートフォン関連の展示で端末をよく見かけた。ノキアの販売代理店も営む兼松コミュニケーションズのブースでは、日本で発売中のNOKIA E61だけでなく、最新のE71も参考出品。撮影用にケースから取り出してもらい、手に持ってみたが、先代より一回り小さく薄くなったフォルムはとても持ちやすい。ボタンも見た目以上に押しやすく、iPhone 3Gとは違った意味で、日本でも受け入れられる先進のフォームファクターになったと感じた。

兼松コミュニケーションズのブースで展示されていたNokia E71。キーボード型スマートフォンの中でも、とりわけコンパクトかつスリムでスタイリッシュな端末だ。日本語化がしっかり行われれば、日本のビジネスユーザーにも受け入れられるだろう

 また、話題性といえば、やはりAppleのiPhone 3Gを抜きには語れない。ワイヤレスジャパンにAppleは出展していないが、カンファレンスや講演、パネルディスカッションなどでは何かにつけてiPhone 3Gの話題になる。iPhone 3Gの名前があまりによく上がるので、苦笑してしまうほどだ。

 ワイヤレスジャパンの会場を歩き、多くの業界関係者やキーパーソンと言葉を交わしたが、そこから感じられるのは、確実なグローバル化の流れである。他の産業がそうであるように、日本のモバイル市場もまたボーダレスになろうとしている。これは抗いようのない時代の趨勢だ。

「太平の眠りを覚ます上喜撰、たった四杯で夜も眠れず」

 嘉永6年、浦賀港に現れたペリー率いる4隻の蒸気船が、日本の閉塞感を伴う太平を揺り動かした。それから始まった明治維新は、さまざまな争乱や脱落者の悲劇はあったものの、新参者の台頭と新時代の創造につながった。今まさに日本のモバイル関連産業は、いま大きな構造変化のフェーズに入ろうとしている。

 今年のワイヤレスジャパンは展示棟を歩くだけで、その風向きの変化が感じられる。日本の業界関係者の多くがそこに足を運び、新たな時代に向けた野心を培ってほしいと思う。これから始まるボーダレス時代は日本に大きなチャンスをもたらす、筆者はそう確信している。

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