パケ死、着メロ、ジュワッキーにドニーチョ、光るアンテナ――続・2Gケータイの思い出ふぉーんなハナシ(1/2 ページ)

» 2012年04月24日 20時12分 公開
[ITmedia]

 前回のふぉーんなハナシでは、3月31日の「ムーバ」終了直前に募集した2Gケータイの思い出の中から、「停波まで使っていた」「もう使ってないがムーバ端末はまだ持っている」という声をご紹介しました。

 今回は、まだパケット料金の定額や割引サービスがなく“被害者”が続出した「パケ死」や、今よりも端末や料金プランが高額のために人気があった格安プランの「シティフォン」(1.5GHz帯を用いたエリア限定の通話専用サービス)や「ドニーチョ」(平日夜と土日の通話料金が安くなるプラン)、プリペイドサービス、そしてキャリアブランドよりも割安で端末を購入できた「ジュワッキー」(NECブランドで販売されたムーバ対応端末)などの思い出を取り上げます。

 また、着メロの入力やアンテナの交換など、当時のカスタマイズに関する思い出も数多く寄せられました。スマートフォン全盛の今では難しい、ケータイならではの楽しみ方がしのばれます。

よくパケ死してました編

photo パケット定額サービスは2003年11月にKDDIが「EZフラット」を開始、ドコモも翌2004年6月に「パケ・ホーダイ」で追従した。ITmediaも特集を組んで報道した

20歳代・男性 iモードをずっと開いているとケータイ料金が大変なことになりました。

20歳代・男性 “携帯”の基礎を作りあげてきてくれた2G! 初めて持った携帯が2Gで料金は高かったが色々良い思い出だし青春だった!! お疲れ2G!!!

20歳代・男性 とにかくパケ死した!

20歳代・男性中学生の時に初めて買ってもらったのが「P506iC」でした。着メロをダウンロードしすぎてパケット料金が大変な事になったのもいい思い出です。

20歳代・男性 初めてから3代目までの携帯電話がドコモのムーバでした。まだパケット定額制なんてなく、着メロを大量にダウンロードしてパケット代やサイト利用料が大変なことになったのをよく覚えています。また、ずっとソニー・エリクソンのものを使っていましたが、初めてのカメラ付きの「premini-II」を持ったときはとてもワクワクしました。

20歳代・男性 高校デビューでケータイデビューでした。当時の2Gケータイはパケ死と言う言葉があったように、通信し過ぎで母によく怒られてものです。ネットワーク能力も低かったためか、使用用途も通話・メールが主体で今とはまるで違いますね(笑)。後に3Gに移行し、パケット定額制になってからはネット接続ばっかになりました。

20歳代・男性 距離や時間帯によって料金が違っていたあの頃……パケット代は使えば使うほどかかっていたあの頃……月の携帯代が5万円なんてザラでした。

20歳代・女性 パケ死で真顔。

20歳代・男性 iモードを使いすぎて請求書が4万近くになったことがありました。俗に言うパケ死ってやつですね。今はパケット定額のおかげでそんなことは無くなったけど。

20歳代・女性 パケ・ホーダイなんてものがなかったムーバ時代は、メール1通送るにも内容を吟味していました。が、遠距離恋愛中の彼氏とメールしすぎて携帯料金の払込用紙に収入印紙を貼られてました。パケ死という言葉はあの頃の私のためにありました。

端末も高かったですね編

photo ノキア製のムーバ端末「NM502i」。海外メーカー製で初めてiモードに対応した製品

30歳代・男性 “関西ドコモだと「NM502i」が安い”というのを聞いて出張ついでに買ったっけ。しかも2個。

30歳代・男性 その頃はPHS(DDIポケット)の方が音質が良くて低価格で全盛でしたね。

30歳代・男性 17歳の頃、バイト代を貯めて携帯電話を購入しようと思いました。当時「P101 HYPER」のシャンパンゴールドが人気でしたが、新規で6万円近い値段で、高校生には手が出ませんでした。その為、ドコモよりも安価であったIDOを買いました。その後、バイトを増やし、世界で初めてデジタルで100グラムを切った「P201 HYPER」を頑張って買った思い出があります。

30歳代・男性 金の無い若い時は、「ドニーチョ」持って夜遊びしてた。

20歳代・男性 Jフォンの2Gプリペイドサービス「Pj」を使っていました。端末は「J-D07 enjorno」お小遣いで使用料を払わないといけなかったためどうやったら安く済ませられるか奮闘したものです。また、Web接続非対応だったので内蔵の着メロ製作ツールを使ったり画面解像度を調べてPCで画像を加工してEメールで送っていました。その知識は今スマホを使う上でかなり役立っています。

photophoto Jフォンのプリペイドサービス「Pj」用端末「J-D07 enjorno」(三菱電機製)。コンビニでも販売された

30歳代・男性 iモード端末を持ったのが、自分の周りではかなり早かったので、最初の頃はiモードメールではなくショートメールを送ってたっけ。当時はまだPCを持っていなかったので、ネットはもっぱらケータイだった。まだ定額制ではなかったので、パケ死しそうになったのも、今となってはいい思い出(?)かな。

photo NECブランドのPDC携帯電話「ジュワッキー・デジタル」(CAN1202)

30歳代・男性 最初の携帯電話は富士通製のデジタル携帯で、レンタルだったと思います。当時はデジタルのアンテナが数少く、今では考えられないくらいに圏外エリアが広かったと記憶しています。利用料金はものすごく高かったと思います。基本料金で確か1万くらいで、無料通話なんて存在しない時代。今はいい時代になりました。

30歳代・男性 今はKDDI(au)だが、買った当時はIDOだった。メールもプッシュ配信対応じゃなくて不便だった。EZアクセス使いすぎてパケ死とか懐かしい。

40歳代・男性 今から15〜16年前、ムーバは高嶺の花で持てないヒトはIDO、それも持てないヒトはデジタルフォンやTU-KAに流れていたのが懐かしいです。当時自分はデジタルフォンを使っていて、“いつかはムーバ”って思ってましたが、初めて持ったFOMAで、結局ムーバを手にすることはありませんでいた……今思うと少し残念です。

40歳代・男性 1993年、それまで公衆電話で遠距離通話をしていたのを彼女と2人で携帯を買いにいった。ドコモブランドの携帯は10万円だったので、当時のNECが売っていた「ジュワッキー」というのが同じ機能で5万円。2人で1台ずつ買って、いつでも通じ会えた。遠距離恋愛がその後、実を結ぶ結果になりました。

20歳代・男性 PHSが流行っている時代に、携帯電話は大人の物でした。アルバイトして自分のお金で使用できるようになり初めてかったのが「P207 HYPER」でした。とても思い出深いです。

photo 重さ93グラムの軽量端末「デジタル・ムーバ P201 HYPER」

40歳代・男性 デジタルムーバの「D」でドコモデビュー。しかし当時10万円くらいしたんだよね、電池は持たず2個もちで。当然、メールもなくただの携帯電話の時代でした

40歳代・男性 ムーバ初期より仕事で持っていまいましたが、周りの人から金持ちと思われ優越感がありました。iモードになってかは、メール、ネットにハマり新機種が出るたび購入して現在も、持っています。

40歳代・男性 「P201 HYPER」が欲しかったけど、8万円もしたので諦めてIDOで契約したのが携帯デビュー。その後、「P301」でDopaのモバイル通信を経験後に、N501iでiモード契約。朝の4時起きでメアドゲットし、今も使ってます。その後「SH821i」も使いました。

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