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» 2018年06月26日 06時00分 公開

鈴木淳也のモバイル決済業界地図:交通系ICカードとモバイルの“悩ましい関係” (3/3)

[鈴木淳也(Junya Suzuki),ITmedia]
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インバウンド対応をどう考えるか

 交通系ICカードでも物販でも、悩ましいのはインバウンド対応だ。例えば、北欧や中国ではキャッシュレス社会に向けて急速にかじを切っており、特にスウェーデンでは現金決済比率が既に数%台にまで低下し、2020年には1%を切れるかという水準に達しているという。だが、同国のキャッシュレスは単にクレジットカード利用が進んだという話ではない。

 同国で最近普及しているモバイルウォレット「Swish」は、このキャッシュレス化を推進した一因だが、利用にあたってはスウェーデン国内の銀行口座が必要になるなど、外国人にとっては利用ハードルが高い。これは他の北欧諸国や中国も同様で、基本的には現地の銀行口座や国民IDが必要になるなど、気軽に利用できるものではない

 最近でこそWeChat Payへのチャージが可能になる端末が日本の空港などにも設置されるようになったが、あれだけ普及や便利さが話題になっているAlipayやWeChat Payを現地に行っても利用できず、不便に感じた人は少なくないはずだ。キャッシュレスの話を突き詰めると、こうしたインバウンド対応の問題が必ず出てくる。

Suica キャッシュレス先進国といわれるスウェーデンで導入が進んでいるモバイル決済システムの「Swish」

 その点で、オープンループの仕組みや事前登録の必要のない電子マネーは、外国からの旅行者にとってありがたい。だが現時点で日本国内の公共交通にオープンループの仕組みを載せるのは難しいだろう。少なくとも全国にFeliCaの電子マネーをベースにしたインフラが展開されており、JR東日本が要求するような仕様を現時点でオープンループが満たすのは難しく、7〜8年程度といわれる機器の入れ替えサイクルを考えても、次の2023年あたりから2025年くらいまでのデッドラインで入れ替えは発生しないと筆者はみている。

 そのため、JR東日本が欧米の公共交通やモバイルNFCの標準化団体らとの交渉で、同社が要求する仕様を満たすためにGSMA準拠のモバイル端末でNFC-Fと呼ばれるFeliCa対応に必須な通信インタフェースを標準装備するよう意見をまとめたという経緯がある。これは海外端末でのFeliCa搭載を必ずしも意味するものではないが、FeliCa採用の“下準備”が整ったことを意味しているのと、これを満たすかのようにAppleが世界で販売されるiPhone 8以降のスマートフォンでFeliCa系サービス(Suicaなど)を利用可能になったことにつながっていると考えられる。

 先日、Googleは同社決済サービス「Google Pay」の日本版において、SuicaとWAONの対応を発表した。またJCBやジャックス発行のクレジットカードやKyashのサービスをGoogle Payにひも付けることで、QUICPay(QUICPay+)の利用が可能になる。このニュースが報じられた後、特にSuica利用に関して「海外端末でもSuicaを利用できる」と勘違いする意見が多数みられたが、これは誤りで、あくまで「従来のおサイフケータイ対応端末でGoogle Payを通じてSuicaチャージができる」というだけだ。

 「モバイルSuicaとの違いが分からない」という人もいるが、Google Payを利用するメリットとしては「年会費なしでチャージできる」「チャージのインタフェースが共通で簡単」「海外発行のクレジットカードでも問題なく利用できる」という部分で、逆にデメリットとしては「定期や特急券のオンライン購入ができない」「オートチャージが直接利用できない」といったものが挙げられ、「さらに便利に使いたいならモバイルSuicaを利用してください」という部分ですみ分けている。Google Payはあくまで「モバイルSuica利用のハードルを下げる」という役割を担っているにすぎない。

Suica Google PayのSuicaではこのように海外発行カードでのチャージも可能だが。端末自体は日本で販売されているものが必要であり、利用ハードルが非常に高い

 つまり、日本へのインバウンド客がモバイル端末で公共交通サービスや、そのインフラを使った物販を利用する手段は当面は存在しない。先日、沖縄で運行されるモノレールの「ゆいレール」で7月から台湾で利用される交通系ICカード「悠遊カード(EasyCard)」による乗車サービスが利用できるようになると話題になったが、これはゆいレールが日本の他の公共交通とは異なる改札システムを導入していることによる。

 ゆいレールはそもそもJR東日本などが組織している「日本鉄道サイバネティクス協議会」には参加しておらず、ゆいレールや沖縄で運行されている公共交通共通の非接触ICカード「OKICA」は完全な独立仕様となっている。ゆいレールはQRコードを印刷したチケットでの乗車も可能だが、前述のEasyCard対応もこの一環で行われたものであり、これが全国展開されることはないと考えていい。既にビックカメラなどがEasyCardの利用をうたっているように、物販限定で一部店舗が対応をするにとどまる。

交通系ICカードのモバイル利用はしばらく伸びない?

 Apple PayやGoogle Payといったモバイル端末でOSシェアのほとんどを握る勢力がSuicaに対応し、その利用ハードルを下げることは長期的にはメリットとなるが、モバイルでの利用比率を引き上げるのはまだまだ難しいだろう。

 筆者の予想では、今後4〜5年程度の期間で3割程度まで比率を上げられれば上出来という水準だと考えている。理由は、モバイルSuicaだけのシステムでは定期券が利用できないユーザーが存在することと、ICカード単体でオートチャージが利用できる仕組みが存在するなど、あえてモバイルに移行する理由が少ないということが挙げられる。

 そのため、日本へのインバウンド対応も当面はICカード頼みということになる。現在はSuicaなどのICカードを購入する場合、1枚あたり500円のデポジットを取られる形で指定金額での発行が可能になっているが、JR東日本ではデポジットのない期間限定でのみ利用できる使い捨てタイプの低コストのSuicaを発行する計画を進めているという。

 券面デザインを工夫すれば、訪日外国人にはお土産として使ってもらえることも考えているようで、前述のロンドン交通局(TfL)がOysterの発行コスト問題でオープンループを導入した経緯に対応しようとしている。当面は対症療法に近い動きが中心になるのが、日本の交通系ICとモバイル、そしてインバウンド対応での最新状況だ。


 まとめると、オープンループのような仕組みが少しずつ広がり、それまで互いに連携のなかった都市間での交通乗車の仕組みが単一の支払い方法で利用可能になるのと同時に、モバイル対応も進むことになった。それを後押しするのはApple PayやGoogle Payなどのモバイルウォレットの登場と普及で、中国など一部地域ではオープンループの導入なしに利用できる仕組みが広がっている。

 ただし、異なる都市の交通システムでのチケット共通化はまだ世界的に見てほとんど進んでおらず、交通系ICカードにチャージした金額の持ち越しや、購入済みチケットの外部利用は行えない。

 「交通系ICカードのモバイル端末を使ったローミング」という仕組みが標準化団体の間で進んでおり、将来的には1つのモバイル端末さえあれば、世界中のどこの都市でも端末を読み取り機にタッチするだけですぐに公共交通を利用できるという仕組みが利用可能になるとみられるが、それはまだ先の話だ。

 都市ごとにチケットの発行システムや料金体系が大きく違う他、シーズンチケットと呼ばれる特定のイベントやセールに合わせて発行されるチケットが欧州を中心に大量に存在することが根底にあり、共通化の足かせとなっている。

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