新春対談/北俊一氏×クロサカタツヤ氏(前編):「分離プラン」と「端末値引きの規制」は正しい施策なのか?(3/3 ページ)

» 2020年01月10日 12時30分 公開
[房野麻子ITmedia]
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法改正の影響で5Gの普及が阻害されない?

―― 2020年には5G端末が出てくると思います。端末値引きのルールが変わって、値引き2万円の制限があると、なかなか手が出しにくくなるという意見は当然あります。一方でミッドレンジの5G向けチップセットが出てきたり、中国メーカーの「1000元の5G端末を出す」という発言があったりします。安い5G端末が出てくる可能性もありつつ、国内メーカーだとそれは厳しく、複雑な状況になっています。今回の法規制は5Gの普及に対してどんな影響があると思いますか?

5Gスマホ 中国では約3万円の5Gスマホとして、Xiaomiが「RedMi K30 5G」を投入した

北氏 タイミングはよくはなかったですね。ただ、5Gが始まるからといって、今回の法改正をしないとか、遅らせるという選択肢はありません。この議論が始まったのは2012年くらいからで、さらにさかのぼれば2007年(「モバイルビジネス研究会」)、2005年の菅総務大臣のときからですね。そこから12年くらい掛かって、やっと今回の法改正。そのタイミングがたまたま5G元年だったということ。業界にとっては不幸だったかもしれません。

 でも、5Gのエリアの広がり、普及ペースは、NRI(野村総合研究所)の予測では4Gのときとそんなに変わらないとみています。この予測は端末の買い換えサイクルで見ているので、サイクルはさらに延びています。先ほど2年をめどに端末は端末、回線は回線で選択するスキームが定着してくると言いましたが、その頃には5Gのエリアもかなり広がってくるし、ミドルレンジやハイエンドの端末でも、かなりこなれた値段の5G端末が出てくると思います。ギリギリ間に合っているのではないかと思いますけどね。

 5Gはむしろ産業用途や社会課題解決といった分野で期待されています。IoT、AI、ビッグデータ、ローカル5Gも大変盛り上がっていてうれしい限りですが、そういうところからしっかり盛り上がっていけば、影響はそんなにないと思います。

 これまでiPhoneが絶対的なマーケットシェアを持っていました。Androidメーカーにとって、日本市場は今、ビッグチャンスなんです。だからGoogleさんはPixelで気合いを入れてきている。このタイミングだからこそ、XiaomiやOPPOも入ってきているんだと思います。分離していなければ入ってきていないと思いますよ。

―― 確かにXiaomiは分離プランが日本進出の契機となったと語っていますね。

「Appleと同じ土俵で戦わせてほしい」

北氏 実は、分離に至るプロセスで、複数のメーカーさんから陳情がありました。「とにかくAppleと同じ土俵で戦わせてほしい」ということでした。「iPhone Agreement」(Appleとキャリアで取り交わされた契約)という、めちゃくちゃな契約が長らくベールに包まれていました。

 公正取引委員会がその中を見て、独占禁止法の規定に基づいて審査し、2018年7月に報告していますが、iPhoneを期間拘束で売るときは必ず値引きしなければいけないという条件があって、金額まで指定されていました。うわさには聞いていましたが、やっぱりやっていたと。iPhone AgreementがあるからiPhoneの値引き合戦が止まらず、iPhoneが値引きされたらAndroidも値引きせざるを得ない。どんどん値引きがエスカレートしていきました。

5Gスマホ AppleがキャリアにiPhoneを納入する際の条件などをまとめた契約として「iPhone Agreement」を締結。独占禁止法に違反する恐れがあるとして、公正取引員会が調査をした

 別にAppleが悪いわけではない、発端は(ソフトバンクの)孫さんですよね。でも、孫さんも悪いわけではない。誰も悪いわけではないですよ。ソフトバンクは絶対にiPhoneが欲しかった。ドコモに最初に持っていかれないように、自分の方に引き寄せた、そのときのAgreementが当然、Apple有利な契約になっていたということ。その後、KDDIさん、さらにドコモさんが契約を結んでいく中で、さらに契約内容がApple有利になっていきました。だから、別に誰が悪かったというわけではないんですね。

 でも、他のメーカーさんからしたら、これはたまらない。キャリアさんはAppleの顔色ばかりうかがっている。いくら他のメーカーが頑張っても、なかなかシェアが上がりません。「端末が、本当に魅力的で、価値があるから負けるなら納得できるけれど、同じ土俵で戦えていないので、ぜひ同じ土俵で戦えるようにしてほしい」という陳情がありました。「分かりました」ということで、今回、このようになったわけです。「これで負けたら納得する」と言ってくれています。

―― そのAppleですが、今回の法改正に対して反対の声明をパブリックコメントで出していましたね。根引きの制限によって競争の抑制につながる、在庫端末の値引きを認めることもおかしいという、かなり激しい意見でした。あれをどうご覧になっていましたか?

北氏 私がAppleなら出していたと思います。もっと激しい内容で出したと思います(笑)。

クロサカ氏 企業経営上、非常に合理的な行動だったと思います。だから「正直に書いてくれて、どうもありがとう、でも、だからダメなんだよ」ってことだと思うんですけどね(笑)。

 今回の法改正が5Gに与える影響について、私はもうちょっと踏み込んで考えているところがあります。5Gサービスがまさしく始まる直前のこのタイミングでむしろよかったんじゃないかと思っているんです。キャリアの経営という観点では、なかなか難しいところがあるかもしれない。それは私もコンサルタントとして分かるんですが、一方で、やっぱりiPhone Agreementも含めて、産業全体がiOS依存ですよね、それにかかってしまった4Gエコシステムを、そのまま5Gのパラダイムで引きずるのですか? ということを、今回ちゃんと整理できたと思うんです。

 仮にiPhone依存、iOS依存が強いまま、もっと強化されるままになっていたとすると、5G版iPhoneが出るとされる2020年の秋まで、5G端末の候補が極めて少ない状態になっていたわけじゃないですか。それはiPhone依存の弊害そのものだと思うんです。市場の中で消費者が選択できる多様性、あるいは事業者がより健全に、公正に競争できる環境がゆがめられていたことは間違いない。

 なおかつ、先ほど北さんがおっしゃった通り、私も5Gの本丸はセンサーネットワークやスマホの外側の世界だと思っています。だとしたら5Gの発展は、ジェネレーションは10年ですから10年の尺で見たときに、この分離の問題からは基本的に独立した形で進むものだろうと思います。その独立した中で、「キャッシュ・カウ(ドル箱)」じゃないですけど、4Gの収入あるいは4Gエコシステムを健全にした状態で、5Gの経営オプション、判断のオプションが増えていくのだとすると、4Gの世界が適正化されていることは産業全体にとって非常に重要だと思います。

 その結果としてAndroid系端末メーカーが新規参入したということは、市場がフレッシュになっていっているということだと思う。だから5Gが始まる前でよかったんじゃないかなと思います。

後編へ続く

北俊一氏プロフィール

ITナビゲーター2020年版

野村総合研究所 パートナー(テレコム・メディア担当)

 1990年早稲田大学大学院理工学研究科修了、同年NRI入社。一貫して、ICT関連分野における調査・コンサルティング業務に従事。現在、総務省情報通信審議会専門委員。近著「ITナビゲーター2020年版」。


クロサカタツヤ氏プロフィール

5Gでビジネスはどう変わるのか

株式会社 企(くわだて) 代表取締役
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任准教授

 1999年慶應義塾大学大学院修士課程修了後、三菱総合研究所にて情報通信事業のコンサルティング、国内外の事業開発や政策調査に従事。 2008年に株式会社 企を設立。同社代表取締役として経営戦略や事業開発などのコンサルティング、官公庁プロジェクトの支援等を実施。総務省や経済産業省、国土交通省などの政府委員を務める他、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任准教授を兼務。 近著「5Gでビジネスはどう変わるのか」。


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