ここ数週間、「2年契約プランの解約金1000円」と「(継続利用を条件としない)端末割引は2万円まで」という総務省の新制度案が、にわかに注目を集めている。
2019年秋をめどに施行予定である、電気通信事業法の一部を改正する法律(改正法)では、「通信料金と端末代金の完全分離」「行きすぎた囲い込みの是正を」が大きなテーマとなっている。前者のいわゆる「分離プラン」については以前から議論されており、これにのっとる形でドコモが4月に新料金プランを発表、6月に提供開始したことは記憶に新しい。
一方、後者の行きすぎた囲い込み防止については、5月〜6月にかけて総務省から案が提示され、6月11日に非公開で開催した第14回の研究会で議論され、6月18日に開催した第15回の議題にも挙がったが、業界内では「寝耳に水」という印象が強い。「1000円」「2万円」という数字はいずれも根拠に乏しく、構成員からも疑問の声が多く挙がった。
あらためて、総務省が提示した制度案の問題点を整理したい。※価格は全て税別。
2年契約プランの解約金を、現行の9500円から1000円に下げる根拠について、総務省は同省が実施したアンケートを挙げている。6000人のユーザーのうち、他キャリアへの乗り換え意向があるユーザー(2847人)の8割以上が「許容できる違約金のレベル」に1000円を選んだという。
これについては、慶應義塾大学大学院 特任准教授の黒坂達也氏が「1000円の根拠がアンケートだけでは脆弱(ぜいじゃく)。違約金は抜本的に見直すべきだ」と前回の会合で述べたとしており、「アンケート結果はあくまで参考資料であり、今回の案は、総務省の政策として推進したい意思なのか」と確認する一幕もあった。
総務省は「現在の市場を前提に、スイッチングコストを低減させて、事業者間のコストを制限する。参考としてアンケート結果を踏まえたが、政策として考えていること」と回答。すると黒坂氏は「政策をユーザーアンケートのみで検討するのは危ない。調査結果のみに頼った政策の検討には賛成できない。参考資料としてアンケート結果を踏まえつつ、総務省が政策をどのように遂行していきたいのかを示すのが重要だ」と述べた。
携帯キャリアやMVNOを解約して他社に移る場合、ユーザーが支払うのは(更新期間以外に発生する)解約金の他に、MNP手数料や新規手数料がある。これらは2000円〜3000円のところが多く、解約金が1000円になった場合、手数料の方が高くなる。
神奈川大学 経営学科 教授の関口博正氏からは「解約金を1000円にすると、解約手数料や新規手数料との価格差は何だ? という疑問がわく。根拠を詰めてほしい」との要望が挙がった。総務省は「解約金が下がった結果として、MNP手数料が根拠なく上がるのは問題。これらの手数料の推移は、きちんとウォッチをしないといけない」と述べたが、解約金の低減によって、他の料金にしわ寄せが行く可能性もゼロではない。
通信サービスの継続利用を条件としない端末割引については、「2万円(税別)を超えるものを禁止する」と定めた。「各キャリアの平均ARPU(4360円)×平均営業利益率(20.8%)×スマートフォンの平均利用期間(34カ月)=約3万円」で、これは5月30日の研究会でNTTドコモが出した計算だ。総務省もこの計算は妥当と考えるものの、分離プランを提供することでARPUや営業利益率が低下することと、市場の競争を促進させることを加味し、一段厳しい制限として「2万円」を割引額の上限とした。
しかし2万円の根拠については、構成員の多くが疑問を呈した。情報通信消費者ネットワークの長田三紀氏は「3万円から1段階低いというのがどういう根拠か?」と尋ねつつ、「利益の範囲の中で端末購入を補助すべき。上限は3万円でいいのでは? ARPUが下がり、自分たちの利益を超えてまで端末補助をしないと信じたい」との考えを述べた。
これに対し、総務省は「現在の市場で、過度な端末代金の値引きが行われていることを鑑みて、厳しい上限を加えることで、市場の変革を促したい。現在の数字を前提としたものではなく、今後を見越して、変革を促すための政策的な判断を踏まえた。1段階の定義は、市場の競争を促進するために“1万円単位”で考えた」とコメント。しかし1段階=1万円とする根拠は乏しいように思える。
野村総合研究所 パートナーの北俊一氏も「値引き上限の2万円については、いささか根拠が希薄だと言わざるを得ない」と厳しい見方。「ドコモが30日に提案した、端末と回線を同時に売るときに、3年間得られる利益よりも値引きして売るのはおかしいよね、というのは分かりやすい根拠」とドコモ案を支持した。加えて、在庫端末は条件次第で半額に値下げできる規定にも触れ、「それでも処分できなかったものは、白ロムとして処分することも出てくるのでは」と同氏。在庫処分を含めた値引きの加重平均を考えれば、「3万円の方が腹に落ちる」との考えも示した。
端末割引の規制によって、ドコモの「スマホおかえしプログラム」、auの「アップグレードプログラムEX」、ソフトバンクの「半額サポート」といった、端末の返却を条件に割賦残債を免除する施策(以下、スマホ返済プログラム)は、見直しを余儀なくされる可能性がある。
上記のスマホ返済プログラムを提供するには、免除する額から買い取り価格を引いた額が2万円までか、先行同型機種の買い取り価格より低くないといけない。例えば10万円のスマホを購入する場合。ドコモだと3万3333円が免除されるので、買い取り額が1万3333円以上なら問題ない。一方、auとソフトバンクは5万円が免除されるので、買い取り価格が3万円以上なら問題ない。
3キャリアのスマホ返済プログラムは2年後の端末返却→残債免除を想定しているため、「残債免除額」−「2年後の買い取り価格」=「2万円以内」かどうかが1つの基準になる。
2年前にスマホおかえしプログラムが提供されていたと仮定し、2年前のハイエンドモデルであるドコモの「Galaxy S8+」を発売時に購入した場合、価格は10万9800円なので、その3分の1となる3万6600円が免除される。従って割引を2万円に収めるには、買い取り価格は1万6600円以上でなければならない。しかしドコモの下取り価格は7407円なので、9193円オーバーしてしまう。
一方、約2年前に発売したドコモ版「iPhone 8 Plus(256GB)」は、発売時の価格はGalaxy S8+と同じ10万9800円なのに、下取り価格は3万7962円(良品)と大きな差がある。割引を2万円に収めるのに必要な、買い取り価格の1万6600円は軽くクリアする。
総務省は、予見される買い取り価格に合理的な見込みがあるかどうかを個別に確認するそうだが、そのやり取りだけでも非常に煩雑になるし、買い取り価格が想定よりも暴落し、割引額が2万円を上回ってしまったらどうするのか? また、買い取り価格は業者によって異なるが、どの価格を基準とするのか? そもそもどの時期の買い取り価格を基準にするのか? 毎月、買い取り価格と照らし合わせながら“答え合わせ”をするのか? など、決め事も多くなる。
このように、端末割引2万円までがルール化されたら、端末購入時に割引額が確定しないスマホ返済プログラムの実効性は危うくなるのではないか。例えば「端末返却を不要として、割引額を2万円以内にする」など、何らかの変更をする流れになるかもしれない。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.