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AIが瞬時に株取引、為替暴落の危険も 金融業界で進むAIの取り組みよくわかる人工知能の基礎知識(5/5 ページ)

» 2019年12月13日 07時00分 公開
[小林啓倫ITmedia]
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事務作業はRPA×AIで効率化

 事務処理はあらゆる業界で発生する作業だが、取引や顧客とのやり取りの記録が大量に残される金融業界では、必然的にそのボリュームが大きくなる。

 その多くは紙で記録されている上、各種規制によって、記録を一定のルールに従って保管することが義務付けられている。比較的単純な作業も多いため、自動化・効率化の余地も大きい。

 こうした背景もあり、現在はさまざまな企業がRPAを活用している。例えば三井住友銀行は、RPAの活用で人間によるPC作業が年間110万時間以上削減されたとしており、19年2月にRPA導入を支援する新会社を立ち上げた。

 三菱UFJ銀行は、23年度までにRPA導入を通じて従業員3千人分に相当する業務量を減らす計画であると公表している。地方銀行でもこの流れは同様で、いわゆる「三大地銀」の一つである横浜銀行は、RPAを導入して年間20万時間を削減したという。

 コンサルティング会社のアクセンチュアは、金融業務におけるRPAの期待効果として、事務作業量を最大80%削減でき、事務プロセス所要時間40%削減できる――という数字を示している。それを考えると、こうした金融機関の成功例は決して例外的なものではないだろう。

 手書き文字が含まれる紙の書類をAI-OCRで読み取り、テキスト化してその後の処理を自動化・効率化する取り組みも幅広く行われている。これを発展させたものとして、損害保険ジャパン日本興亜は、他社の自動車保険の保険証券の画像をAIで分析し、自社の保険と比較して見積書を作成できるアプリを開発している。

 「こうした効率化の例は、AIと呼べるほど高度なのか」と疑問視されることも多いが、シンプルだからこそ導入が進みやすいという側面もある。実際、事務作業の効率化をきっかけに、さらに高度なAI活用に進む企業も少なくない。

AIがミスをしたら、責任は誰がとる?

 これまで見てきたように、金融業界ではさまざまな領域でAIを活用できる余地がある。AIが金融機関における多くの作業を担うことで、金融サービスの姿は何年か後には一変しているかもしれない。取引を始めたり、取引内容を決めたりする際のさまざまな審査や関連作業の大部分が自動化されていても不思議ではないだろう。

 しかし、その前には自動運転と同じ問題が立ちふさがっている。AIによる自動取引によって損害が発生した場合、誰がその責任を負うのかという問題だ。自動車事故が人間の命を奪う可能性があるのと同じく、金融取引の失敗は誰かの資産を一瞬で消し去ってしまう可能性がある。

 実際に金融取引の世界では、相場が瞬間的に急変動する「フラッシュ・クラッシュ」と、その対処法について、2010年代に入ってから真剣に議論されるようになった。これは為替や株式などの市場で、取引を自動的に行うアルゴリズムが複数参加することで、ごく短時間のうちに相場の暴落が起きるというもの。

 例えば、あるアルゴリズムが売り注文を出し、別のアルゴリズムがその動きに反応して自身も売り注文を出す――という具合に注文が連鎖すると、システムによる超高速取引のため、瞬時にして相場が暴落してしまうのである。2010年5月にNYダウで起きたフラッシュ・クラッシュでは、わずか数分で株価が1000ドル(およそ9%)も下落した。

 こうした危険性については、各国の金融当局が目を光らせ、さまざまな規制や対策を進めている。しかし、自動運転ですら責任や規制の在り方についての議論が尽きない状況であり、まだまだ多くの議論を重ねる必要があるといえる。

 不正検知やローンの審査などにAIを使うことにも懸念が残る。本連載の第5回で、ディープラーニングのブラックボックス問題について解説したが、AIを使って何らかの判断を下した際に、「なぜその結論に至ったのか理由を明確に説明できない」可能性があるからだ。

 例えば、住宅ローンの申請をAIが却下したとしよう。申込者がその理由を尋ねても、「なぜかは分からないがAIがそう判断したから」という答えで、顧客は納得するだろうか。さらに、「ファイナンシャル・インクルージョン」(金融包摂)の概念がさけばれ、誰もが平等に金融サービスを受けられる世界の実現が目指されている中で、「AIに任せているので理由は分からない」というのは時代に逆行する姿勢だろう。

 他業界に比べAI導入が進んでいる金融業界の動向は、これからも注目を集めそうだ。

著者プロフィール:小林啓倫(こばやし あきひと)

経営コンサルタント。1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院地域研究研究科修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米Babson CollegeにてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える! 金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『テトリス・エフェクト 世界を惑わせたゲーム』(ダン・アッカーマン著、白揚社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP社)など多数。


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