「妥協ないモバイル」を体現するハイスペックなLOOX T山田祥平の「こんなノートを使ってみたい」

» 2007年03月07日 15時00分 公開
[山田祥平,ITmedia]

 モバイルであることの代償として、処理能力に劣り、拡張性に乏しく、使い勝手も犠牲にしなければならない。そういう時代が長く続いた。とにかくPCを持ち運べればそれでよかったのである。だが、そのトレンドにちょっとした変化を起こそうとしているのが富士通だ。今回は、富士通パーソナルビジネス本部PC事業部PCデザイン技術部の後藤克一氏と同事業部モバイルノート技術部の遠山賢治氏、嶋崎麻雄氏に話を聞いてきた。彼らはウルトラライトモバイルノート「LOOX Tシリーズ」の開発に関わったメンバーだ。

FMV BIBLOのモバイルノートPCの開発を担当している3人がインタビューに答えてくれた。左から遠山賢治氏(富士通パーソナルビジネス本部PC事業部モバイルノート技術部プロジェクト課長)、嶋崎麻雄氏(同技術部所属で設計開発の取りまとめを担当)、後藤克一氏(同事業部PCデザイン技術部所属で構造設計を担当)

─―富士通のモバイルPC作りにはどのようなポリシーがあるのでしょうか。

嶋崎氏 富士通のノートPCが最初から持っているコンセプトとして、“妥協のないモバイル”という考えがあります。最近では堅牢性やバッテリーの稼働時間が注目されているようですが、それとは別に、機能をスポイルすることなく、すべての機能を持ち出せることを目指してきました。その流れでのチャレンジとして、ベイ構造を持たせたりAIR-EDGEの機能を内蔵したり、あるいは、筐体の薄型化を目指したりしてきたわけです。

 富士通は海外でも製品を投入していますが、その市場ではどちらかというと“プレミアムモバイル”という商品展開になりますね。日本国内だけならば重量とバッテリー駆動時間をアピールすればいいのですが、富士通は海外市場を意識していますから、ノートPCのプロモーションもちょっと違うのです。例えば、欧州のユーザーは、数十グラムの違いよりも機能を求めます。重視するポイントが違うんですね。こうした彼らの要望に応えるために、ワールドワイドの事情を常に考える必要があるのです。日本のノートPCベンダーのなかには国内のユーザーを意識して重量にフォーカスしているところもありますが、富士通は“ハイプレミアム”に価値を見いだしているユーザーにフォーカスして商品を企画しているわけです。

 富士通のラインアップではハイエンドモデルがより売れている点からも、ほかのノートPCメーカーと富士通のノートPCのユーザー層が異なっていると認識しています。LOOX Tのユーザーからは高機能であることを求める声が多いのです。Web直販サイトの富士通WEB MARTなどでも、メモリをフルに搭載したり大容量のHDDを選択したりなど、高いコンフィギュレーションのモデルが売れています。

──富士通にとってのモバイルノートPCとは、どのような形態を指すのでしょうか。

嶋崎氏 今回、デザインを一新したLOOX Tで目指したのは軽さです。軽さにフォーカスして設計をスタートしました。もちろん、ビジネスのみならず、パーソナルユースも視野に入れています。だから、ほかのノートPCとは違う所有感覚、所有することの優越感を訴求していこうと考えたのです。

 開発を始めた当初は、もっと大型のノートPCを考えていました。大型といっても12インチクラスですね。このくらいのサイズなら持って歩くことはできます。でも、もっと気軽に持ち歩くには、さらに小型でなければならないし、軽量でなくてはなりません。ですから重量は1キロ未満を目標にしたのです。大きさとしては、前の機種が薄さを追求した結果、フットプリントが大きくなってしまったので、同等以下にしようということで、今回の仕様に落ち着きました。

──目標とするサイズを先に決めて、そこを目指すということでしょうか。

嶋崎氏 ノートPCはディスプレイのサイズで筐体のサイズが決まるように思いがちですが、使いやすさを考えると、ディスプレイよりもキーボードのサイズに依存するんですよ。

遠山氏 富士通としては、ディスプレイサイズが14インチ以下のノートPCを「モバイル」と考えています。そのうえで、光学ドライブを取り外すだけで数十グラム重量が変わってきますよね。こうしたバリエーションを持たせながら、使ってもらうユーザーに対して、どれだけ製品の幅を広げられるかにチャレンジしてきました。

 モバイルノートPCのユーザーというのは、ビジネスコンシューマーとエンタテイメントモバイラーの二種類に分けられます。富士通はその両方にフォーカスしています。機能を省いていくとビジネスコンシューマー向けのノートPCが出来上がりますが、それをエンタテイメントモバイラーに向けた製品とすることはできません。逆に、機能がゴテゴテではモバイルになりません。どこまでできるかという選択肢の中で、常にトレードオフとの戦いになります。

嶋崎氏 例えば、モバイルノートPCは屋外で使わなければなりません。ですから、今の時代になってもモデムを外すわけにはいかないのです。でも、エンタテイメントモバイラーからはモデムはいらないからワンセグチューナーがほしいという声もあります。そうなると、モデルとワンセグを排他にするなどの工夫をするわけですね。

遠山氏 でも、マルチメディアコンテンツを見れるというのは、ビジネスマンにとっても大事なことです。株価情報を知りたい人にとってタイムリーにライブの映像を見れるというのはビジネス的にも重要なのです。オンデマンドコンテンツが普及することで、ノートPCの世界は確実に広がります。そういう理由から、2007年春モデルのLOOX Tではディスプレイ上部にデジタルマイクとカメラを配置するなど、コミュニケーションにもフォーカスしてみました。ワイヤレスやBluetoothなどを含めて、今後はさらにいろんな通信方式に対応できるようなことを考えています。

──LOOX Tで採用された新しい筐体デザインのポリシーは?

遠山氏 LOOX Tは当社のほかのシリーズより短いサイクルでデザインIDを変更しています。所有感のあるデザインやシャープなエッジをきかせたシンプルなデザインなどを目指したうえで、機能を落とさずに見せていくというやり方です。

嶋崎氏 新しいLOOX Tのデザインは好みが両極端でしたね。好きという意見と嫌いという意見が見事に分かれました。

後藤氏 今回は強度の対応を最初から取り入れています。もちろんノウハウはありますが、筐体内部のレイアウトが変わった時点でゼロからやり直しです。例えば、従来までは無線LANのアンテナが液晶ディスプレイの上にありましたが、新しいLOOX Tではその位置にカメラとマイクを配置したため、アンテナはディスプレイの両サイドに配置されています。そのため、どうやって剛性をあげるか苦労しました。

 シミュレーションを重ねていろんなことをやっていくのですが、強度の確保のためにリアカバーをボンネット状のプレスでやるというようなメーカーも多いですね。パネルの厚さを0.5ミリにできるのですごく軽くなります。でも、カバンに入れてもスマートに、ということになると、どうしてもフラットな形状にしたいと強く考えたのです。

遠山氏 富士通の製品は、例えばバッテリーを拡張しても外観が変わらないようにしています。そういうところが重要だと思うのですよ。

後藤氏 最終的に「チクソモールディング」を採用しました。これは、マグネシウムの粉末を高圧で型に流し込んで高い温度で溶かす成型技術です。さらに、必要な強度を解析して場所によって板厚を変えています。それによって、最終的にフラットでもプレスと同じ強度を出すことができました。

遠山氏 0.1グラムという単位のせめぎあいの中で、加工の量産性を確保しながら、渦巻き状の薄い部分を作っていくのです。この方法は、実は3年くらい前に、一度試していました。100枚、200枚の試作をして、最終的に、リブを太くして強度を稼いでいます。

2007年春モデルとして登場したFMV BIBLKO LOOX Tのスケルトンサンプル。従来モデルから内部レイアウトが一新されたため、強度計算は最初からやり直していているという天板(写真右)では液晶ディスプレイ上に配置されたカメラとマイク、そしてサイドに変更された無線LANアンテナモジュールが確認できる

後藤氏 2スピンドルだからといって強度を落とすわけにはいきません。だから、底面パネルもマグネシウムですよ。これはかなり贅沢な作りです。光学ドライブに関しては2種類のパーツを使っています。日本やアジア向けのモデルでは肉薄のデバイスを使っていますが、欧州向けのモデルでは「価格が高くなるならそういう特別な工夫はいらない」というので汎用の光学ドライブを使っています。

 また、今回はヒートシンクやクーラーファンも追加しています。ファンを軽くするためにアルミダイキャストで作るところをマグネシウムで作りました。効果を解析をすると性能的にはアルミがいいのですが、マグネシウムで試作してみたところ、さほど性能が下がらないので、マグネシウムファンの採用に踏み切りました。

LOOX Tで取り入れられた軽量化と堅牢性を両立させる工夫。筐体パネルの裏側には「ミステリーサークル」のようなエンボスが彫られ、HDDパックと光学ドライブのシャーシには穴をあけて地道な軽量化が図られている

─―Windows VistaがモバイルノートPCに与える影響についてどのように考えていますか。また、今後のモバイルノートPCのトレンドは、どのような方向になると考えられますか。

嶋崎氏 Winodws Vistaになって消費電力が増加するなどの影響はありましたが、それでも設計としては、少しでも全体の消費電力を削る方向で設計を進めることができました。チューニングしていけば、さらにバッテリー駆動時間を伸ばす手法がないわけでもないのですが、実際の使いかたとして違いが出てきてしまいましたね。Windows XPと比べれば数値的に明らかに見劣りします。そのため、新しいLOOX Tでは高容量のバッテリーを採用しています。

遠山氏 いずれにしても、市場をにらみながら使いかたの違いによってアプローチを変えていきたいと考えています。稼働時間が長く、かつ、画面が大きくなるというのと筐体のサイズが小さくなるというのと、モバイルノートPCには二面性がありますよね。これからは、それがどんどん二極化していくでしょう。携帯電話とノートPCの違いは画面の大きさとアプリケーションの違いです。モバイルノートPCが「下」に降りるのと、携帯電話が「上」にあがってくる、2つのトレンドがありますが、その間に深い谷のようなものがあるように思えます。いずれにしても、Gbps単位の通信速度が当たり前になれば、CPUさえないモバイルノートPCができるかもしれません。

─―個人情報保護法や企業コンプライアンスとしての情報漏洩防止がノートPCに与える影響については。

遠山氏 盗まれたときに情報を見られない工夫は当然ノートPCが持つべきです。ただ、機能面はもちろん、ユーザーの意識も重要ではないかと思います。機能を持っていても使われなければ意味がありません。ですから、使う側のポリシーが重要になるのです。ちなみに、富士通では社内に私物のPCが持ち込めないルールになっています。ウイルスといった危険性もさることながら、情報の持ち出しなども懸念してのことです。

嶋崎氏 今後は、たとえモバイルノートPCを持ち出したとしても情報の漏洩はありえないというところを提案していかなければならないでしょうね。もっとも、一般のセキュリティ意識と企業のセキュリティ意識は、かなり違うのが悩むところです。


 筆者はかつて、モバイルノートPCは1スピンドルで十分だと思っていた。でも、数十グラムの増加で済むなら、光学ドライブを搭載していてもいいかと考えるようにもなった。たとえ年に数回しか使わなくても、いつでも光学ディスクが使えるという安心感は、保険としても価値がある。富士通の考える「妥協のないモバイル」というのは、そういうことなんじゃないだろうか。デスクトップ環境のサブセットではあるが、10から3をそぎ落として7にするのではなく、0.7を10個集めて7にする。それが彼らのやりかただと感じた。同じ7でも出来上がるものはまったく違ってくるはずだ。

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