シュークリームから生まれた新「LaVie J」のたたずまい青山祐介のデザインなしでは語れない(2/3 ページ)

» 2008年04月04日 11時11分 公開
[青山祐介,ITmedia]

早い段階からアイデアの見える化と話し合いが重要

 デザイナーは「ライターさんの感覚に近い」という河崎氏は、LaVie Jをデザインするにあたり、まずはNECのマザーファクトリーである米沢事業場に出向き、設計を行うスタッフと話をして、現行モデルの問題点と改善の可能性をヒアリングして回った。さらに工場を5カ所回ってすべての製作過程での問題点と改善の可能性を、担当者とブレインストーミングを行った(もちろん、ここでもシュークリームの効果は絶大だったそうだ)。また企画担当者とも入念に話し合いを行い、NECが持っているポテンシャルを最大限に引き出すにはどうしたらいいか、ということを常に考えていたという。

 こういったプロセスを経て、河崎氏は次期LaVie Jのプロポーションを、絵で描くのではなくいきなり3Dで検討を始める。

河崎 プロダクトデザインの良しあしは、僕は昔から90%はプロポーションで決まると思っています。つまりコンフィギュレーションが重要です。本体の中身のレイアウトを十分に検討したうえで、ベストなプロポーションを決める。だから、最初の段階から絵を描くのではなく、ブロックモデルをたくさん作ってみんなで検討してもらいます。デザインの諸条件をもらう前の段階において、このように無数のコンフィギュレーションモックを作って検討するケースは、あまりないと思います。

 河崎氏が最初の段階で検討したプロポーションを基に、10を超えるモックアップを制作して、それを米沢工場の設計者に持って行きデザインを詰めていく。3次元でアイデアを固めるのにはわずか1週間足らず。河崎氏によると3日ほど徹夜して一気に作り上げたという。デザイナーが、すでに3次元のデータでデザインをしているため、そのデータを基にモックアップを作るので時間を大幅に短縮できる。また、3次元データそのものをたたき台にできるため、設計者との話のなかで生まれた変更にもすばやく対応可能という。

新LaVie Jのモックアップ。液晶ディスプレイのヒンジ部分で試行錯誤の後が確認できる

河崎 なぜ、最初の段階からそこまで急ぐかというと、デザインに着手して1週間後にはもう基板の寸法が決まってしまうからです。それが決まってしまったら、すべてのレイアウトも全部決められてしまい、ほかの要素をほとんど動かせなくなってしまいます。よくデザイナーは全部決まった後に、あーでもない、こうでもないと悩んで、自分の考えたデザインが実現できる、できないと設計者とやり取りをしますよね。でも、それでは時すでに遅く、結局いいものができなくなってしまう。だから僕は最初のスケッチを描く前の段階がとても重要な時期ととらえて、いろいろな可能性を追求し、確認し合うのです。


 結果として、早い段階で設計者や企画者とのすり合わせから生まれたモックアップは、製品とほとんど違わないものとしてできあがっているのである。

製品版(上)と初期段階のモックアップ(下)との比較。製品版とほとんど変わらない点に注目だ

真っ黒でツヤがあって真っ平らは一番難しい

とにかくフラットであることを追求

 新しいLaVie Jのコンセプトは、「うれしいを共感できるデザイン」。今回はこの「うれしい」を共感できる要素として、特に「ツヤ」と「黒」、そして「フラット」の3点に重きを置いたという。特にこの「フラット」というコンセプトは、河崎氏のモバイルノートPCに対する、これまでとは異なる視点から生まれたものだ。というのも、モバイルノートPCは今や生活のシーンの中に存在し、PCとして働くだけでなく、そのほかの道具や環境としても機能する必要があると考えているからだという。

 例えば、出勤する電車の中ではモバイルPCとして使い、忙しいときはモバイルノートPCをお盆代わりにしてファストフードで朝食を済ませる。また、時にはちょっとしたメモをとるときの台として、会議に向かう時には資料や筆記具、飲み物を載せるトレイとして、さらには疲れて机にうつぶせに寝てしまったときには枕として、PCのキャビネットに光沢面があればちょっとした身だしなみを整える鏡として、といったように、人は環境に応じてモバイルノートPCの持つ機能をすり替えて使っているのだ。

河崎氏が考えるモバイルノートPCの使い方。実際に思い当たる人も多いのではないだろうか

河崎 モバイルノートPCのように常に持ち歩いて使うものは、PC以外の使い方をしているケースがいっぱいあると思うんです。だからこそ、このジャンルの製品では生活の一連の流れを止めないデザインが重要だと考えています。そこで、今回のLaVie Jではこれらの考えを踏まえてデザインしました。

天板部分がフラットであり、なおかつツヤがあるからこそできる利用法

 このようにして生まれたのが、「黒」と「ツヤ」、そして「フラット」というコンセプトだった。無彩色である黒はどんな色ともなじみ、周辺機器やケーブル類の黒ともなじむ。さらに、アジア市場を意識したモデルということもあり、そのユーザーであるアジア人に多い黒い髪にもよく似合う。ステーショナリーにも黒は多く使われており、長く使うにも飽きが来ない色だという。一方、フラットは前述のあらゆる生活のシーンで行われる何気ない動作に最適な形状だ。鞄の出し入れの際にも、凹凸がなければスムーズに行える。

一口に黒、フラットと言ってもさまざまなパターンがある

河崎 真っ黒でツヤがあって真っ平ら。これ以上難しいものはないですよ。作りが悪いとアラがすべて見えてしまうんです。それだけに、作りには細心の注意を払いました。

 この3つのコンセプトを実現するには、やはり技術的に解決しなければならないことがたくさんあったと河崎氏は語る。

 まずは「黒」だ。実は一言で黒といっても、青みがかった黒や黄色がかった黒、そして赤みのある黒などさまざま。さらに塗料のはがれにくさや耐薬品性など、検討しなければならない要素はたくさんある。加えて、本体の天面の一部と液晶ディスプレイの周囲、バッテリーなどがプラスチックで、それ以外のケースにはマグネシウム合金が使われている。マグネシウム合金に塗装できる塗料と、プラスチックに使える塗料とでは、やはり性質やその色味が違ってくる。こうしたさまざまな要素を、1つの“黒”にまとめるのにはかなりの調整が必要だったという。

 加えて、もう1つの「フラット」を実現するにも困難が伴った。射出成型でトップカバーを成型する際に強度を持たせるように固めると、部材が冷える際に部分的に膨らんだり凹んだりして平らにならない。そのために成型時に型に重しをかけるなどの工夫が必要だった。

河崎氏の秘密兵器であるシュークリーム

河崎 デザインの依頼を受けてすぐに、マグネシウムの成型工場や塗装工場など複数の工場を見学させてもらいました。マグネシウム製カバーを作っている工場を見させてもらって、アイデアを実現できるか否かについて相談をして回りました。もちろん、このときのブレインストーミングにもちゃんとシュークリームを持って行きましたよ(笑)。

 また、成型後のマグネシウムには表面に無数の“巣”があるという。それをパテで埋めてきれいに磨き、また、パテで埋めて磨く、その作業を繰り返す必要がある。LaVie Jの天面部分には、このパテによる処理も含め、全部で10数程もの下地処理が行われている。しかし、工程が増えれば増えるほど、作業中にゴミが入る可能性が高くなる。ゴミが入れば不良品となり、結果として歩留まりが悪くなってしまう。

 このように、さまざまなリスクも含めてLaVie Jのグロスブラックの天板は生まれてきた。ここまでこだわったツヤだが、人間の脳にはツヤにだけ反応する部分があるという。人は無意識のうちにツヤのあるものに引かれる性質があり、ツヤの強さで食べ物の鮮度や人の健康状態を見極めてきたと考えられていると河崎氏は述べた。河崎氏がまったく新しい手法で取り組んだ、「うれしいを共感できる」デザインには、人間と環境の本質的な関わりを深く掘り下げて考えている河崎氏ならではのこだわりが込められている。新たに誕生したLaVie Jのデザインは、河崎氏の言葉を借りるとLaVie Jを持つ人や、LaVie Jが置かれているたたずまいが“シュッ”として見えるという。

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