「相場」は下がらない下げられない牧ノブユキの「ワークアラウンド」

» 2010年10月22日 16時30分 公開
[牧ノブユキ,ITmedia]

 「ムーアの法則」については、いまさら詳細に説明するまでもないだろう。チップの実装密度が18カ月ごとに倍になるというこの法則は、さまざまな異論はあるものの、この業界における進化の速さを示す例として知られている。

 しかし、この法則が適用されるCPUやメモリに限らず、HDDといったPC関連製品は、性能がどれだけ進化しようとも、最も多くの製品が販売される、いわゆる「ボリュームゾーン」の実売価格はほとんど変わらない。CPUは約2万円、HDDであれば1万円前後といったところだろうか。このボリュームゾーンについては、ゆるやかに下降こそしているものの、劇的に下落したという話はとんと聞かない。

 技術の進化で性能が2倍になるなら、逆に性能を維持したまま価格が半額になったほうがユーザーは喜びそうだが、そんなことは決してない。必ず容量が増えて実売価格が据え置かれる。

 なぜだっ! この怒りというか不条理というか疑問というか。この理由を販売店やメーカー側の視点で見てみよう。

価格の相場が下がると、販売店も困るしメーカーも困るし

 多くの企業で、売上や利益といった数字は、基本的に前年同月比をベースに評価される。販売店やメーカーにおいてもそれは同様で、例えば2010年10月の数字は、2009年10月と比べてどうだったか、という比較が行われる。もちろん、業界全体が伸びているとか落ち込んでいるとか、そうした事情は個別にあるが、季節的な要因などを含めた評価は、前年同月の数字が最も参考になる。

 もし、ムーアの法則が市場価格にまで適用されると、18カ月後には同じ性能を有する製品の価格は半値になってしまう。こうなると、売上や利益といった数字が前年同月比をベースに評価されると、企業は大いに困ることになる。「製品の単価が下がっているのでやむを得ないのであります」なんて言い訳をしようものなら、「じゃあ、労働時間そのままで給与が半分になるのがいいのか、それとも給料据え置きで労働時間が2倍になるほうがいいのか」なんて議論になりかねない。

 ともあれ、量販店やメーカーは、技術進化の動向と速度がどうあれ、売上や利益が前年同月比に比べて下落することがなによりも恐ろしい。となると、選択肢はただ1つ、製品のスペックを上げて、価格の相場だけはしっかりと維持するという結論になる。

 分かりやすい製品としてHDDを例に出すが、この記事を執筆している時点で、2Tバイトのモデルが実売価格1万円前後で販売されている。しかし、HD画質でどんどん録画する以外に、一般のユーザーが2TバイトものHDDを普通に使って容量が足りなくなることは考えにくい。単価が半分で1Tバイトの製品、もしくは単価が4分の1で500Gバイトの製品があれば、そちらを買うユーザーが多いのではないだろうか。

 HDDの原価には、営業人件費や送料などなど、部品代以外が占める割合も大きいので、ムーアの法則と同じペースで市場価格が下落することは原理的にありえないが、価格の相場が変わらずに製品のスペックだけが上昇していく理由はこれらとは関係ない。あくまで「売上や利益が前年同月比を下回っては困る」という、企業の事情がある。ユーザーの需要があるから2TバイトのHDDを売るのではなく、1万円に下がる相場価格から逆算して、たまたま適合する容量のHDDを売っているに過ぎないわけだ。

 HDDは単純に容量を増やすことで価値を上げられるが、こうした手法で対応できない製品は、別の付加価値を付けることで価格の水準を維持しようとする。テレビに録画機能をつけてみたり、ムービーカメラに編集ソフトをつけてみたりといった具合だ。こうして見ると、いまデジタル機器でメーカーが訴求する機能の多くが、「単価維持対策の新機能」に見えてくるし、実際にかなりの機能がそれに当てはまる。日本の家電製品が多機能なのには、こうした事情も関係している。

セットで単価を上げて将来の買い替えにつなげる

 これと関連して、もう少し身近なところで、大手量販店が売上や利益を増やすために行っている施策を紹介しよう。

 iPhoneやiPod、iPadのアクセサリコーナーに行くと、数多くのケースや液晶保護シートが販売されている。イヤフォンコードを巻くためのアクセサリや、カラビナなんてのもある。

 最近、大手量販店で行っているのが、単品販売の売場をなるべく縮小し、ケースや保護シートなどベーシックなアイテムをセットにした製品を訴求する施策だ。いうまでもないが、セット製品の価格は単品ごとに買った場合に比べてリーズナブルに設定されている。

 これには、客1人あたりの売上単価を上げたいという大手量販店の思惑が絡んでいる。もともと、サードパーティー製のアクセサリや周辺機器が、本体の機器、つまりiPhoneやiPod、iPadを持っているユーザー以外に売れる可能性はゼロに近い。購入者は確実に本体を所有しており、また、売上数は本体の出荷台数に比例して変動する。確実に売れる代わりに、購入者の母数は販売側の工夫で増やせない。

 となると、これらのジャンルで少しでも売上と利益を確保するには、ケースしかいらない客、保護シートしかいらない客のそれぞれに、両者をセットにして少しでも単価を上げた商品を訴求するのが最善の策になる。

 セット製品は割引率からするとお得だが、実際には使わないものが含まれており、それらを省くと結果的に単品のほうが安かった、というのは、なにもこの業界に限ったことではない。食料品から衣料品、生活用品まであらゆる業界に存在する。半玉あればじゅうぶんなキャベツを割安だからという理由で一玉買ってしまって、半分を腐らせてしまうといったパターンもこれに近い。割引率を気にする購入者ほど、こうした割引率のトリックに惑わされる。

 こうしたセット製品は、無難な色や形状のグッズが組み合わさっていることがほとんどで、派手なカラー、特殊な素材、ほかにない機能を持った製品がセットになることはほとんどない。iPodのケースであれば、本体色に合わせた特徴のないシリコンケースというパターンだ。これは万人に好かれる製品を選んでロットを増やすという意図もあるが、将来的な買い替えを促すという意図もある。

 1人のiPhoneユーザーに、複数のケースを買わせるために、最初は個性のない製品をセットで買わせておき、なるべく早いタイミングでの買い替えを促すという手法だ。ユーザーとしても、ハズレの危険を回避して使える製品を安く入手できるという意味においてメリットはあるのだが、店側がこうした意図とともにセット製品をプッシュしているという背景については、知っておいても損はないだろう。

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