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» 2014年01月24日 18時40分 公開

Macは30年を経ても「最高の自転車」であり「最良の紙」Mac 30年の歩みを林信行が振り返る(2/4 ページ)

[林信行,ITmedia]

自転車であり、最良の紙

 さて、それでは個人のためのコンピュータ、Macは一体、何を目指した道具なのか。ここにも30年を経ても変わらない「特質」を見て取ることができる。

日本語が使えるディスプレイ一体型Mac「Macintosh Plus」と「Mac Pro」

 初代Macの価格は2495ドル、最新のMac Proはディスプレイ別売りで2999ドルからと価格こそ近い印象はあるが、画面の解像度は前者が512×342ドット(17万画素/白黒)に対して、Mac Proは3840×2160ドット表示の4Kディスプレイを最大3台接続できる(2488万3200画素/フルカラー)。

 初代Macのメモリ容量は最大128Kバイトで、Mac Proの64Gバイトとは6ケタ以上の隔たりがある。ストレージは最大400Kバイトのフロッピーディスクに対して、最大1TバイトのSSD。現在のMac OS Xでは、アイコン画像のサイズですら2Mバイト(つまり2048Kバイト)近いが、昔はわずか400KバイトのフロッピーディスクにOSとワープロとお絵描きソフトがまるまる収まっていた。

 パソコンの頭脳、CPUの比較は粋狂でしかない。処理速度は籠と新幹線ほどの違いがあるうえに、これとは別に画像処理に関して圧倒的な性能を発揮するGPUという頭脳を2基も搭載している。「隔世」というには、「隔たり」が大き過ぎて、初代MacとMac Proを比較すること自体をバカバカしく感じさせるが、これほどかけ離れた製品でも、両Macを貫く「筋」がある。

 それは、どちらのMacも「クリエイティビティ増幅器」である、ということだ。

 若きスティーブ・ジョブズは、よくパソコンを自転車に例えた。全自動のロボットカーなどと違い。自転車は個人の移動能力を「増幅」するモノだ。

 地上の生物の中で、最もエネルギー効率が高く移動できるのはコンドル――つまり、コンドルは「そっちへ行きたい」と意識し、羽を少し傾けるだけでスーっとそっちへ飛んで行くことができる。

 これに対して人間は2足歩行とはいえ、かなりがんばって足を動かし続けないとそこへ移動することができず、地上の生物の中で移動効率の順位は20数番目だ。ところが、人間が自転車に乗るとこの順位はコンドルすらも抜き、圧倒的な移動効率を発揮するという。

 パソコンは、まさにこの自転車と同じ効用を、個人のクリエイティビティに対して発揮するものだ、というのがジョブズがMacという製品で意図したところだった。「個人」「クリエイティビティ」「増幅」――初代Macに付属していたソフトといえば、ワープロソフトのMacWriteとお描きソフトのMacPaintの2つだが、これらのソフトの設計もそんなことを感じさせた。

 Macの前にもパソコン用のワープロは存在し、もっと高機能なものもあった。MacWriteは、それまでのパソコンでは難しかった文字のフォントの種類やサイズを変える、つまり文章による表現をもっと豊かにする、という特徴こそあったが、決して機能は多くなかった。でも、だからこそ、パソコンに慣れていない人が、すぐにすべての操作を把握でき、使い方や機能を気にするのではなく、その意識を書く内容へ向けることができた。

 モノの設計には2種類のアプローチがある。

 1つは、思いついた限りの機能を詰め込むことだ。なんだか、そちらのほうがお金もかかっていそうだし、親切に見える。お店でパッケージを見比べたときも、同じ値段なら機能が満載なほうがお得な感じがするだろう。だが、それで本当にいいアウトプットを出せるのだろうか?

 5人の学生に「ここに何でもいいから好きなものを描いて」と言って紙を配ったとしよう。1人目には罫線付きの紙を渡し、2人目には方眼紙を、3人目には五線譜を渡して、4人目には400字詰めの原稿用紙を渡す。どちらも真っ白な紙よりも、機能が多く、手間をかけてつくられた紙だが、5人目には一番、手間のかかってなさそうな白紙の紙を渡す。この5人の中で、一番、自分の多彩な側面を表現できるのは誰かと考えれば、それはおそらく白紙を手にした人だろう。

 しかも、その白紙はインクがクッキリと映え、肌触りもよい紙質だったらどうだろうか。描く行為自体が心地よくて、描き手は自分を表現することに対しさらに時間を費やすかもしれない。Macが目指しているのは、まさにそんな存在だ。使う人を心地よくさせることで、その人の奥にあったものを最大限に引き出し、増幅する。

 これが自転車だ。Macが目指したのは、人の行きたい先にやたらとケチをつけて別の場所へ誘導しようとするおせっかいなガイドではなく、自分が思っていた場所に心地よく移動できる自転車なのだ。

 だから、Macは個人が少しでも快適に作業できることを重視し、気が散るような本体色や装飾などをなくした簡素な見た目を好み、さらには動作音の静かさにも1984年の初代Macからこだわり続けた。

 みなさんも換気扇のファンやエアコンを止めて静寂が訪れたとき、ホっとして気持ちが落ち着く経験をしたことがあるだろう。ファンの音というのは、それだけストレスになっているのだ。

 初代Macはジョブズのこだわりでファンを内蔵しなかった。現在のMac Proは大きなファンを1個だけ搭載するが、それを空気の対流に合わせてゆっくり回転させることで、ほとんど音をさせない(一番激しく回っている状態でも、耳を近づけないと、なかなか音に気がつかない)。

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