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» 2014年01月24日 18時40分 公開

Mac 30年の歩みを林信行が振り返る:Macは30年を経ても「最高の自転車」であり「最良の紙」 (3/4)

[林信行,ITmedia]

「個人」「クリエイティビティ」「増幅」

 こんなMacだから、世界の一流ミュージシャンから、一流の映画監督、一流の作家、一流のカメラマンなどトップクリエイターたちに気に入られた。そして、この30年間、このMacから世界を感動させるあらゆるジャンルの素晴らしい作品が、日々、誕生し続けている。

 Macを愛するクリエイターの1人に、ピクサーのアートディレクター、ジョン・ラセターがいるが、彼の座右の銘は「アートはテクノロジーに挑戦し、テクノロジーはアートにひらめきを与える。」だが、Mac用ソフトの歴史を振り返ると、まさにこの言葉を思い出させる。

 例えば、初代Macからは今日のほとんどの出版に用いられているDTP(デスクトップパブリッシング)という技術が誕生した。学校の授業では出版の生みの親として今でもヨハネス・グーテンベルクの名前を挙げているかもしれないが、今日行なわれている出版は、初代Macの上で誕生したDTPから誕生しているのだ。

 もちろん、DTPを可能にしたのはMac本体だけでなく、キヤノンのエンジンを使ったアップル初のレーザープリンタ「LaserWriter」、そして圧倒的に美しい印刷を可能にしたアドビのPostscriptというプリンタ操作のソフトだったが、創業間もなく事業的に危うかったアドビを夢の実現のために支援したのがスティーブ・ジョブズが率いるアップルだった。

 Macが生み出したのはDTPだけではない。1980年代のパソコン雑誌を順に追って読んでいくと、DTPの次にはDTPrの時代か、といった記事を見かけるはずだ。DTPrとはデスクトッププレゼンテーションの略。学校の授業などでも当たり前に行なわれているパソコンを使って映像を投影するというスタイルもMacが一般の個人に広めた。海外の学会などで、このスタイルのプレゼンテーションを見た医者たちが、「これからはこれだ」とこぞってMacを購入して持ち帰った。このため日本では最初Macは医者のあいだで人気が高かった。

 1990年代に入りWindowsが台頭を始めるまでは、Macのライバルパソコンと言えばMS-DOS。マウスではなくキーボード操作が基本であり、ソフトの操作方法が今日のとはかなり異なっていた。そう言う意味では、マウスで操作する近代的ソフトはワープロや表計算といった事務的ソフトも含め、ほとんどがMac上で誕生したといっていいはずだ。

 これに加えて画面全体を映像として表現するMacでは、文字や数値以外の表現をするソフトがたくさん誕生した。コンピュータを使った画像編集や映像(動画)製作、音楽製作のソフトなどもMac用が初めてではないかもしれないが、大衆化、一般化においてはMacが大きな役割を果たし続けてきた。

 事務仕事やゲームのパソコンとしては他社製の方が人気が高かったものの、少なくともWindows 95登場の直前くらいまでは、より創造的な仕事だったり、教育の分野などにおいてはMacが強い勢いを保っていた。それも「個人」「クリエイティビティ」「増幅」といった特質を持っていたからこそだろう。

 IT界隈では「クリエイティビティ」なんていう言葉を使うと、鼻で笑うような人たちも多い。そんな個人の能力に頼るような方法を使わなくても、データを分析して、それにあわせて効率化をしたほうが、客観的だし効果的に売り上げを高められる、といった考えを持つ人たちだ。

 確かに効果は高いかもしれない。しかし、そうした効率化は、同じデータを集めればライバル会社にも簡単に真似ができてしまう。“データにこびを売ったモノ作り”を続けていくと、やがて、どこの会社からも似たような製品しか出てこない世の中になっていくだろう。

 これに対して、会社なり個人なりの個性に根付いたクリエイティブな努力で勝負をすれば、企業の精神を表したり商品の強い個性を打ち出して勝負をすれば、心が動かされる人が多いのではないかと筆者は思う。心踊らせたり、感動する人もいれば、中には嫌う人も出てくるかもしれない。だが、よほどこちらのほうが人間的だ、というのが筆者の考えだ。

 そしてMacは、世の中に対して、この向きからのアプローチを強く意識しているパソコンだと思えてならない。だからこそ多くの人が、Macを「人間味」を感じるコンピュータだと形容するのかもしれない。

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