2016年のPC動向を振り返って思うこと本田雅一のクロスオーバーデジタル(2/2 ページ)

» 2016年12月31日 06時00分 公開
[本田雅一ITmedia]
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消費電力あたりの性能重視へ

 高性能路線が見直された理由は幾つかある。

 まず、技術的な問題があった。高性能化のみを追い求めた結果、消費電力の増加という視点に欠けていた。このため、個人が使うコンピュータとして理想的な、小型で長時間バッテリー駆動できる高性能なモバイルPCが開発しにくくなっていた。プロセッサに使うシリコンの面積は小さくなっているのに、高性能化によって消費電力は高くなる。その結果、面積あたりの熱量が高まり冷やしきれないのだ。

 また、高性能化するだけでは、新たなアプリケーション分野を開拓することが難しくなっていた。もちろん、現在でも演算能力が高まることで実現可能となる新しい分野はあるが、あらゆるPCユーザーが一様に高性能を求める状況は終わった。インターネットへのアクセスやコミュニケーション、文書作成といった用途ならば、どんなグレードの製品購入しても十分な性能を得られる、現在では当たり前の感覚が定着し始めていた。

 高性能化という軸では、スパイラルの原理はうまく機能しなくなっていたわけだ。従来とは異なる軸での進化が必要なことは明らかで、その後、数年をかけてIntelは「消費電力あたりの性能」を重視した設計へと転換していった。並列処理技術の進歩や、その後の「Intel Core」ブランドへの転換なども、こうした一連のトレンドが進んだ背景にはあったと記憶している。

Intel Core 「Intel Core」プロセッサは、2006年1月に発表されたPentium M後継の「Core Duo」「Core Solo」から始まった

 2つ以上のプロセッサコアと、それを生かせる基本ソフト(OS)やアプリケーション、それに必要なときだけ瞬間的に動作周波数を向上させる機能などを組み合わせ、最高速度よりも快適性……実利用時の応答性による操作感の改善や、処理効率向上によるバッテリー駆動時間の延長といった、以前とは異なる価値観が消費者にも認められるようになり、パソコン市場では新しい進化の軸が生まれた。

 2000年春のことになるが、当時Intelの副社長だったアルバート・ユー氏に「低消費電力性に高性能化(高クロック化)とは別の付加価値(例えば、薄型・小型化やバッテリー駆動時間など)があることを、もっと業界全体で訴求していかねばならないのでは?」と質問したことがあった。

 するとユー氏は「私もそれは強く感じてる。しかし市場が変化するには時間がかかる」と答えていた。IntelがCore 2 Duoを発表したのは2006年、電力効率を根本的に見直したIntel Core iシリーズの登場が2008年のことだから、ドッグイヤーと言われるPC業界にあっても、市場環境の変化にはかなりの時間を要したことになる。

 その後は、高性能化路線と、低消費電力を生かしたフォームファクタ優先路線へとトレンドは分化していくが、ここ数年は薄型化と軽量化を優先したコンピュータにも進化の行き着く先が見え始め、典型的なクラムシェル型ノートPCでは驚きを作り出しにくくなってきた。

 もちろん、タブレット端末の登場や2in1といった派生フォームファクタも生まれてはいるが、スパイラルの原理と言えるほどの上昇気流にはなっていない。

2in1 ノートPCとしてもタブレットとしても使える2in1デバイスは増えているが、スパイラルの原理と言えるほどの上昇気流にはなっていない(写真はMicrosoftの「Surface Pro 4」)

気になるのは「そこから先の方向」

 PC業界をウォッチし続けてきた方は、「そんな分かりきったことを今さら……」と思うかもしれない。

 一方で、クリエイティブな作業を行う道具として、PCという製品形態はいまだに他に換えがきかないものであることは、誰もが認めることだろう。日常の情報を「さばく道具」としての役割は、スマートフォンにその座を明け渡しているかもしれないが、PCそのものの価値が下がっているわけではない。

 しかし、スマートフォンが社会に浸透して以降、消費者が感じる「パーソナルコンピュータに求める価値」に変化が生まれていることも確かだ。かつて「高性能化=高動作クロック周波数化」というステレオタイプに縛られ、ひたすら高速な動作を求めることに価値を見いだしていた時代から、電力効率を生かして多様な進化のベクトルを模索し、幾つかの異なる価値評価軸へと派生して進化し続けることができたようにだ。

 スマートフォンの普及以降、世の中のアプリケーションは「PCハードウェアの中で実行されるもの」ではなく、「クラウドの中に溶け込むもの」になってきた。どこからどこまでをネットワークサービス、どこからどこまでを手元のコンピュータで動作させるかは、使う道具や環境、アプリケーションの種類によって変化するが、明らかなのは「コンピュータハードウェアが中心ではない」ということだ。

 利用者が価値として感じるアプリケーションはPCの中だけで動くものではなく、インターネットを通じてネットワークサービスが多様なデバイスと結びついて価値を生み出している。PCはそうした環境の中で、最もパワフルでリッチなユーザーインタフェースを備える「間口」としての重要な役割を担っている。これまでPCを使いこなしてきたユーザーにとって、その利用価値や重要性は変わらないのだ。

 ただし、2016年は「そこから先の方向」が、業界全体として見えていないように感じた。クラウドが多様なデバイスを結び付け、サービスとハードウェアが一体となって一つの価値を生み出す形に変化はないが、その影響が世の中にある「ごくありふれたもの」にまで広がっている。いわゆるIoTの時代だが、それではIoTの時代にあってPCはどのような役割を担うのだろうか。

 2016年の段階では、PC業界のリーダーであるIntelもMicrosoftも、その答えを見つけられていないように思う。言い換えるならば、2017年にどのようなアクションがあるのか。停滞なのか、進化なのか、それとも深化なのか。PC業界にとって2017年は、将来の浮沈を占ううえで重要な節目となるだろう。

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