中国の北京を拠点とするMicrosoftのアジア・パシフィック地域における基礎研究所「Microsoft Research Asia」(以下、MSRA)は11月8日(現地時間)、数多くの関係者を集めた設立20周年記念イベント「INNO」を同市内で開催した。
創立の1998年当時、米Microsoft CEOだったビル・ゲイツ氏の肝いりでスタートしたMSRAは、同社の最先端技術研究でも特に画像や音声認識、機械学習、構文解析、りんな/XiaoIceといった人工知能Botなど、いわゆるAI関連に強みを持つ。当日は「卒業生」を含む豪華なゲストが多数登場し、記念すべき年を祝った。
今、米Microsoftで「AI+クラウド」という中核戦略の中でも「研究開発」の部分を担うAI & Research部門だが、これを率いる同社エグゼクティブバイスプレジデントのハリー・シャム(Harry Shum)氏も、元々はMSRA設立時の「最初の研究員」という立場だった。
過去20年を振り返るイベントの中で、同氏は「最初の仕事はオフィスのカーペットの色を決めることだった」と冗談めかして当時を振り返ったが、「千里の道も一歩から」(老子)ということで、世界最先端を行く研究開発拠点も最初は全てが手探り状態だったことが分かる。
今でこそ、猫もしゃくしもAIや機械学習の世界に乗り込んできているが、MSRA設立メンバーが自身の研究を開始した1980年代や1990年代当時は、基礎理論の議論が始まったばかりで、必ずしもメインストリームではなかった。だが現在、こうした形でMSRA自体が注目を集めるようになったのも、5000以上の研究論文といった実績が積み重なった結果だろう。
このMSRAだが、その設立経緯を同じく「卒業生」のリチャード・ラシッド(Richard Rashid)氏が当時を振り返りつつ説明する。1996年にビル・ゲイツ氏から「将来を見据えて研究開発リソースを現在の3倍に拡大したい」というメールを受け取った同氏は、その拡大の原動力を世界に求めた。当事、Microsoft Researchは本社のある米ワシントン州レドモンドにある100人程度の比較的小規模な組織で、この拡大事業を北米外に見出したというのがその経緯だ。まず翌年に英国拠点が、その翌々年に北京の拠点が誕生し、これがいわゆるMSRAとなった。
とはいえ、リソースの拡充はかなりの苦労が伴ったようだ。同じく「卒業生」のダン・リン(Dan Ling)氏は、MSRA発起人でもあるゲイツ氏自らが北京大学や精華大学といった、北京を拠点とする国内の最高教育機関を訪問して会談を重ね、研究者の確保にまい進していたことを明かす。イベントでは、実際に協力を請われた北京大学学長のハオ・ピン(Hao Ping)氏と精華大学学長のキュウ・ユウ(Qiu Yong)氏が登場し、産学協同事業におけるMSRAの成果についてアピールしている。
両大学は現時点で世界的にみてもトップクラスの教育機関であり、研究開発機関だ。だが市場経済への移行が本格化した1990年代当時、まだ中国が現在のようにその力を顕在化させていなかった折に、産学協同、しかも海外の超大手資本の代表とも呼べるMicrosoftが着目し、最先端技術をリードする今日の中国の一躍を担った功績は非常に大きい。
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