25年前の宇宙と今を結ぶ――「ASUS Zenbook X14 OLED Space Edition」矢野渉の「金属魂」Vol.40

» 2022年08月22日 12時00分 公開

 この“金属”が生まれるルーツとなった「P6300」というノートPCが発売された1997年、僕は確かに台北にいた。

1997 in TAIPEI

 COMPUTEX TAIPEIという見本市の撮影のため台湾に飛び、その開幕前にプログラムされていたASUSTeK Computerの工場見学に臨んでいたのだ。

 見学ルートは、既に世界的な評価を得ていたマザーボードの製造ライン、PCの組み立てラインと進み、そして技術者達のいるフロアへと入って行った。

 そのフロアの隅に2〜3人の技術者が固まっていて、その中心には底面カバーを外した、むき出しのノートPCが置いてあった。これは取材NGなので、と引率者に遮られたが、もしかしたらあれがASUS初のノートPC「P6300」だったのかもしれない。

 こんな時、技術系の人間は嘘がつけない人種だ。表情の隅々に「本当は見てほしいんだけどね」とか「自信作なんだ」という余裕の笑みが浮かんでいたのを僕は見逃さなかった。

 翌年の1998年には、このP6300は宇宙へと旅立つ。ミール宇宙ステーションに持ち込まれたP6300は、実に600日もの間故障もなく動き続けたのだ。

 僕はこのエピソードを聞いた時、1997年の台北の青い空と、まだ地下鉄(MRT)が完成していなくて、我先にと走り回る無数の小型バイクの群れが道を埋め尽くしている、騒々しい台北を思い出していた。エネルギッシュで、最短のスピードで最良の結果を実現していく力に満ちあふれる台湾という国が、とてもうらやましかったのだ。

 「ペンテントゥー・マティーン!」(Pentium II Machine!)

 見本市会場に響く声は、四半世紀たった今でも、元気な台湾のイメージとして僕の印象に残っている。

撮影しているうちに

 2022年、P6300が宇宙に行ってから25年という区切りで、「ASUS Zenbook 14X OLED Space Edition」というアニバーサリーモデルが発売され、PC USER編集部のスタジオで記事用の撮影をすることになった。

 撮影を進めるうちに僕と、立ち合いの編集長は同じ思いに駆られるようになる。

編集長 「これは……(連載の)『金属魂』ですかね?」

筆者  「そうですね」

 記念モデルというと、既存のモデルの色を特別な色にペイントしてみたり、デザインされた「25th」のロゴをボディーに印刷してプレミアム感を出したりするのがせいぜいだが、この Space Edition はどうにも本気(マジ)なのだ。明日から宇宙船に乗せても、何の問題もないほどのスペックで作られている。

 こんなにも、はっきりとしたコンセプトに向かって隅から隅までデザインし、作り込んだPCを見たのは初めてかもしれない。全てのスペックが「宇宙仕様」の基準で作られ、その上に25年前の台北のパッションをメッセージとして載せた感じが強く伝わってくる。

 こうして、Space Editionは僕のスタジオに送られることになった。金属魂の撮影は、被写体と一対一の対話をするように進めるのがいい。

ASUS Zenbook 14X OLED Space Edition

驚きのスペックを凝縮

 僕のスタジオに届いたSpace Editionは、とにかく重かった。本体は約1.46kgと、持ち歩ける重さなのだが、それ以外の箱と付属品が約3.1kgもある。丈夫な黒い段ボール箱の重さが、アルミトランクぐらいの重量がある。これは精密機器を運搬するやり方であり、ここから既に宇宙基準は始まっていた。

 内部の本体とACアダプターが入った箱は、キラキラと光るペーパーが貼られている。これはスタジオ撮影でもよく使うレインボーペーパーと言って、光の入る角度によってRGB/CMY、虹色に色を変える素材だ。宇宙で言えば天の川のようなイメージだろう。僕はこの素材を本体のバックに使うことに決めた。

 そしてメインのSpace Editionは、天板の、特徴的な3.5型有機ELディスプレイ「ZenVision」回りにフォーカスすることにした。

 Space Editionの天板は、おそらくミールの外壁に使われていたチタン合金をイメージしている。ならば同じチタンを使えば済むところだが、Space Editionではあえてアルミニウム合金を選び、表面にZero-Gチタンカラー仕上げを施している。

 その理由はたぶん「熱」だろう。Space EditionはIntelの第12世代Core i9-12900Hという14コアのCPUを搭載している。このCPUはターボ・ブーストすると5GHzで動作するので、放熱は重要になってくる。軽量で高硬度のチタン素材だが、弱点は熱伝導率がアルミの8%しかないことだ。ボディー全体からの放熱を考えた時、アルミ合金の選択がベストだったのだろう。宇宙空間での熱暴走、などということは100%防がなければならないのだ。

 見た目にはチタン素材としか思えない天板と、そこに描かれた丸い模様。何となく宇宙船の内部にいる気分になるのが不思議である。そして円の中心にあるのが、3.5型有機ELディスプレイだ。メインの14型有機ELディスプレイはカラーなのに、なぜこちらはモノクロ有機ELなのか、最初は謎だった。

 宇宙服を着た人物が、3つの窓(おそらくミール宇宙船の窓)の外を左から右へと宇宙遊泳して行くアニメーション。ほんの数秒のアニメーションがずっとループする。

 何度か眺めて、僕なりに理解できたことは、この小さなディスプレイに描かれたのは25年前の様子だということだ。四半世紀前、我々の送りだしたP6300はミール宇宙船の内部から、こんな景色を眺めていたかもしれない。彼の内蔵カメラはモノクロで、ドットもこんな風に荒かったかもしれない。漆黒の宇宙空間を表すには、どうしても有機ELの締まった「黒」が必要だった……。そんなメッセージを僕は受け取った。

 僕のただの妄想かもしれない。ただ、このアニメーションを注視して何度もシャッターを切るうちに、その世界に引き込まれて行くのを感じていた。いつまでも見ていられる……。

 スタジオの暗がりの中にいたので気づかなかったが、撮影を終えたのは朝方だった。

Zenbook 14X OLED Space Editionは、宇宙開発の過去と未来を結ぶ、渾身(こんしん)の傑作だった。

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