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インクジェットはまだまだ進化する エプソンの碓井会長が語るマイクロピエゾからPrecisionCoreへの歩みIT産業のトレンドリーダーに聞く!(セイコーエプソン 前編)(2/4 ページ)

» 2023年06月14日 07時00分 公開
[大河原克行ITmedia]

生き残りのために模索を続けて極めた「マイクロピエゾ方式」

―― ピエゾ方式の強みはどんなところにありますか。

碓井 ピエゾ方式の強みは耐久性であり、裏を返せば、そこがサーマル方式の唯一の課題であったわけです。しかし、HPが交換可能な使い捨てタイプのカートリッジを採用したことで、この課題が解決し、ピエゾ方式の大きなメリットの1つがなくなりました。

 余談ですが、HPが使い捨てタイプのカートリッジを採用したことが、その後のヘッド付きインクカートリッジを販売して収益を得るというプリンタのビジネスモデルの確立にもつながっています。

 もちろん、ピエゾ方式にはその他にもメリットがあり、インクの吐出性能の高さ、インク選択肢の広さ、それに伴うカラー化での優位性などが挙げられます。

 サーマル方式では加熱してインクを吐出しますが、ピエゾ方式は電圧を加えることで収縮するピエゾ素子の変位によってインク滴を吐出しますから非加熱であり、インク種を選ばない。油性を始めとした水系以外のインクも利用できるなど、吐出するものを選ばないことが特徴です。

 また、駆動波形を変えれば、さまざまなインクの飛ばし方ができるという自由度にも強みがあります。ただし、量産性や高密度化では課題がありました。ノズルを高密度に配置することが難しい構造となっているために小型化が難しく、ヘッドを構成するピエゾ素子およびガラスの加工コストが高く、低コスト化しにくいことが弱点でした。

 しかし、当時の状況を考えると、ピエゾ方式が持つ多様なインクへの対応やカラー化での優位性、飛ばし方の自由度といった特徴は、まだまだ先に求められる性能であり、その一方で、コスト競争力では課題が残ります。

 サーマル方式の唯一の弱点である耐久性は交換方式によって解決されてしまっており、トータルで見ると、どう考えてもサーマル方式の方が優位なのです。ピエゾ方式の良さを生かすには、次のステージに行かなくてはならないというのが、当社に突き付けられた課題でした。

セイコーエプソン エプソン販売 碓井稔会長 インクジェット マイクロピエゾ プレシジョンコア ピエゾ方式の課題を解決し、量産性のアップと低コスト化に取り組んだ

―― まずはどんなことから着手しましたか。

碓井 カイザー方式でも、いろいろなコストダウンに向けた取り組みを行っていました。社内では、新たな挑戦としてホットメルトを使用し、インク室内で振動子を上下に動かして、インクを吐出するVIC(Vibrator in Cavity)方式のヘッド開発を行うことになりました。

 これを私が担当することになったのですが、調べてみると、どう考えても、VIC方式では密度が上がらず、将来性がない。そこで、この方式では駄目だということを上司に訴え、他の方式を模索するための時間をもらうことにしました。

 そこで、改めてカイザー方式の欠点を考えたのです。ヘッドが大きくなり、100Vの電圧が必要になり、量産性や低コスト化ができない原因は何か。それを究めていくと課題は厚いピエゾ素子であることに行きつくのです。

 当時は、約100μmのピエゾ素子を使うことを前提にヘッドを設計し、そこで密度を高めるためにノズルの流路を改良したり、コストダウンのためにガラスをプラスチックに変えたりといったことに取り組んでいました。

 つまり、本質であるピエゾ素子にはフォーカスしていなかったのです。そこで、ピエゾ素子に改めて着目することにしました。ただ、薄いピエゾ素子を作ろうとすると、ピエゾ素子の固まりを薄くスライスし、それを縦横2mmの短冊にして、キャビティに貼り付ける方法を取ることになるですが、ピエゾの素材となるセラミックは焼き上げてしまうともろくなるため、0.1mm以下にしようとすると、ぱりぱりと割れてしまうという点が課題でした。

 そこで考えたのが、焼き上げる前に薄いピエゾ素子の構造を作ってしまうという方法でした。焼き上げた陶器は落としてしまうと割れてしまいますが、焼く前の粘土のような状態だと割れないのと同じです。電極を重ねながら強い構造帯を作り、焼き上げて加工することで、ピエゾを一気に薄くすることができるようになったのです。

 また、研究を進めていくうちにある法則にたどり着きました。ピエゾ素子を薄くしていくと柔らかくなり、インク室の圧力が減るという状況にはなるのですが、ギャップを狭くしていくと薄くても固くなり、圧力が増えて変位量が大きくなることが分かったのです。

セイコーエプソン エプソン販売 碓井稔会長 インクジェット マイクロピエゾ プレシジョンコア 独自に開発したマイクロピエゾ技術の概要

 ここで用いた技術は、積層セラミックコンデンサで用いられているものと同じであり、私はセラミックメーカーなどに対して、もっと薄いピエゾを作ってほしいという要求をしていました。そうした中で、フィリップスがドットマトリックスプリンタ向けアクチュエータの商談に訪れる機会があり、そこで見せられた20μmの積層ピエゾアクチュエータが、ピエゾ方式のインクジェットプリンタに使えるのではないかとひらめいたのです。

 このときの直感は正しくて、計算してみると30vの電圧で1μmの変位量が得られることが分かり、これならば行けると判断し具体的なデザインを開始しました。フィリップスの説明を聞きながら、何とも言えない高揚感が生まれてきたことをよく覚えていますよ。

 このように、新たなヘッド開発はカイザー方式を踏襲しながら、そこに新たな工夫を施したものになりました。これが、当社独自のマイクロピエゾ方式の誕生につながっています。

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