クリスマスが明けた12月26日、日本経済新聞に「Apple・Googleの独占制限へ新法 アプリや決済で」という見出しが踊った。2024年に政府で審議が始まる、AppleやGoogleによるアプリの流通や決済方法を規制する新法が議論されるという話題だ。
「独占」と書かれると確かに悪いことのように聞こえるし、それを制限する規制は良い印象がある。果たして本当にそうなのだろうか。
2023年に起きたニュースの中で忘れてはならないのが、多くの反対意見があるにもかかわらず、iPhoneにApp Store以外のアプリストアの採用を強要する「モバイル・エコシステムに関する競争評価 最終報告」があっさりと通ってしまった問題だ(同法案には他にも論点があるが、この記事では十分過ぎるほど議論の余地があるアプリストアの議論に焦点を絞りたい)。
iPhoneに代表されるスマートフォンは、今やメール/電話/ソーシャルメディアなどを通して利用者と世の中をつなぐ中継地点であり、電子決済をしたり銀行口座の状態を確認したりする決済の要であり、企業の極秘情報や個人的な写真、個人の健康情報なども扱う最もプライベートな部分を預けている機械でもある。
その機械にどんなアプリを入れるかは、家の鍵をどんな第三者に預けるかの選択と同じで慎重にならざるを得ない。
AppleのApp StoreやGoogleのGoogle Playは、アプリ流通のストアであると同時にアプリの品質を1つ1つ手作業でチェックし、利用者の安心安全を守る審査機関としての側面がある。
例えば、医薬品は全て厚生労働省の医薬品医療機器総合機構(PMDA)が独占的に有効性を審査し、承認を行っているため、承認が遅れフラストレーションを感じることもあるが、この仕組みのおかげで安心安全が保たれている。
ここでもし、審査する機関が複数あるとどうなるか。全ての機関が全く同じ基準で審査をすることはできないので、2000年代初頭に大問題となった耐震偽装問題や、2023年に問題となった不正中古車販売会社による車検のような営利目的のウソの審査をするところが出てくる可能性を否定できない。
確かに建築に関しては建築基準法、車検に関しては国土交通省が認定をした業者しか行えないという規制を通して、第三者機関が扱うことが許されていた。しかし、それでもこういった事件は起きた。家を失う、車を失うというのも大きな被害だが、これからの時代、スマートフォンの情報が悪性のアプリによって漏えいされることで起きる被害は、それに匹敵するダメージがある。
では、そうした悪性のアプリの混入を防ぐ審査を誰がやるのがいいのか。Appleに関して言えば、App Storeで提供するアプリの品質が、自社製品の評判にそのまま直結しており、厳正な審査をすることに対して十分なモチベーションがある。製品の売りになるはずのアプリの品ぞろえの数を犠牲にしてまで、利用者のプライバシーの安全性を守ってきた実績もある。
では、今回の規制によって新規参入する他社が運営するアプリストアはどうだろう。こうしたアプリストアは当然、営利目的でアプリの販売価格の一部を収益としてストアを運営するはずだ。
Appleを批判した上で参入するからには、アプリ開発者から徴収する手数料はAppleと同等以下になるはずだが、ストアはその手数料の売り上げで厳正なアプリ審査もしなければならない。しかし、審査を厳正にすればするほど、売れるアプリが減って収益も減ってしまう。
裏を返せば、実は審査を甘くして流通アプリを増やした方が売り上げになることがあり、審査のモチベーションはAppleとは真逆の関係にある。それにもかかわらず本当に安心安全な審査ができるのだろうか?
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