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Appleのサイドローディング問題、独占制限の新法は誰のための法案か(5/5 ページ)

» 2023年12月28日 07時00分 公開
[林信行ITmedia]
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医療現場の切実な声 誰のための取り組みなのか

 スマートフォンという生活の全ての側面に関わるデバイスの安全性議論に、縦割り行政の弊害で厚労省は参加していなかったようだ。

 東京都医師会なので東京での医療の話が前提になるが、東京にはそもそも病院が多く、周辺地域から都内に通勤し、「まずは都心部の病院に通うが、その後は地元の病院に通院する」といったケースも多い。

 コロナ禍以降、政府からは医師会に24時間患者を見られる体制を作ることなどいくつかの制約が課せられているという。こうした背景もあって既に1人の患者を同じ医師がずっと面倒を見ることは難しく、医療連携が必須となりつつある。

 こういった医療連携をする上で欠かせないのが、医療DXだ。特にカルテ情報をどの医療情報の共有は重要になっている。しかし、日本ではカルテシステムにはいくつかの競合する規格があり、相互に十分な互換性がとれていない。

サイドローディングが大きな懸念事項となる 医療連携が必須になる中、残念ながら日本ではカルテシステムの分断が起きてしまって医療情報の連携が取れていない

 こうした状況下で、東京都医師会が医療連携をする上での理想と考えているのが、患者1人1人が自身の医療情報をスマートフォンに入れて持ち歩く「Personal Health Record」(PHR)という形態だ。

 病院で診療を受ける際には、患者が医療機関にスマートフォンを提示して状況を共有する形での医療連携である。スマートフォンのPHRには患者の日々の健康情報が、iPhoneの万歩計機能やApple Watchなどのウェアラブルを通して日々記録されていれば、本人が気にしていなくても医療の参考になるし、命を助けてもらったとAppleの発表会でも報告された例が世界中で出ている。

 さらにApple Watchでは日常的に取っている心拍数や、異変を感じたときに取ることができる心電図のデータなども記録されており、今後それ以外の健康情報もスマホアプリに記録される場面が増える。

東京都医師会が期待するPHRアプリ 広く普及したスマートフォンにPHRとして患者1人1人の医療情報が安全な形で記録されたら、推進している東京総合医療ネットワークからその情報にアクセスできるようになる。東京都医師会では、このような医療DXのビジョンを掲げているが、それを実現する上ではサイドローディングが大きな懸念事項となる

 それだけに東京都医師会では、この「ヘルスケア」アプリや、今後、スマートフォンへも搭載が進むとされているマイナンバーカードの保険証利用に期待を寄せているという。紙の保険証は常に持ち歩くと紛失した際のリスクも大きくなるが、スマートフォンならそもそも毎日持ち歩くし、紛失しても生体認証をしないと利用できないため安全性も高い。

 こうした医療従事者への負担を下げる上でも、スマートフォンを使って医療情報や健康情報を管理するのが望ましいとされている中で、「外部からその体制を崩そうとすることは望ましいことではない」(尾崎治夫氏/正しくは、崎の字が異なります)ということで、ITに詳しい目々澤氏がパブリックコメントを執筆して提出したという(東京都医師会が目指す医療DXについては、機会を改めてもう少し詳しく紹介したい)。

 これに加え、PC USERでは中小規模のアプリ開発者の中にもサイドローディングに反対する声が大きいという話も取り上げてきた。「ACT The App Association」というロビー団体が反対の声を挙げていることや、国内の極めて小規模なアプリ開発者が、サイドローディングを行うと、これまでAppleに任せることができていた品質チェックが頼れなくなったり、検証することが増えたりして零細開発者にとっては帰って負担増になる、といった声も紹介してきた。

 「独占」に対応するための「新法」というと、世界トップ企業のAppleやGoogleにひるまず、日本の国益を守るべく政府が戦っている印象があって、確かに良い印象があるかもしれない。

 しかし、ここで守られるのはごく一部の企業の利益だけであって、それによって多くの国民が日々危険にさらされることになり、既に崩壊しかかっている医療機関の負担が増え、青少年にも大きな悪影響が出るという指摘がある。それらを犠牲にしてまで、一部の企業の利益を守ることがそこまで大事なのだろうか。

 野党には、ぜひこれらの点を組み上げてしっかりと法制化と戦ってほしい。

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