辻井さんとAppleとの出会いは2020年、「iPhone 11 Pro Max」の購入から始まった。コロナ禍に入った年で、いつもより時間があったことから、電話やメールももちろんだが、画面の内容を音声で読み上げる「Voice Over機能」を活用して気になったことを調べまくって楽しんでいたようだ。
VoiceOver機能は、視覚障害のある人々のデジタルライフを大きく変えた革新的な技術だ。2009年のiPhone 3GSから導入され、2011年のiOS 5から日本語に対応している。
iPhoneというとタッチスクリーン操作のデバイスなので、画面が見えないと操作ができないという印象があるかもしれない。
しかし、VoiceOverでは一切画面を見る必要がなく、画面を右あるいは左にスワイプして項目を選択したり、ダブルタップで決定したりして基本的にiPhoneの全ての操作ができる特殊モードと考えてもらうと分かりやすい。
2012年にはSiriが日本語に対応し、音声によるiPhone操作が可能になり、2020年には拡大鏡アプリが登場、カメラを使って文字や物体を認識し、その情報を音声で伝える機能が追加された。2022年には、周囲の物体や出入り口を検知する「Door Detect」も導入されるなど、iPhoneの視覚障害を持つ人をサポートする機能は日々進化している。
iPhone購入後に辻井さんがマネージャーと「こんな機能があったらいいよね」と話し合っていた機能をAppleに提案したところ、そのほとんどが既に実現済みだったという。
ちなみに辻井さんは当然、Apple Music Classicalも愛用している。
「聞きたい音楽とか作曲家とか、曲名とかアーティスト名とかを検索するとすぐにいっぱい出てくるので本当に便利」と評している。
さらにはAirPodsもお気に入りのようで「ノイズキャンセリング機能もあるので、例えば外で音楽を聞いていても外の雑音を全部無くすことができますし、今、自分は音楽だけに集中したいなという時もそうできるのですごくいいです。まるでコンサートホールで自分の近くで弾いているかのような感じを受けます」と語っている。
そのAirPodsの空間オーディオでのリスニング体験も「まるで生の演奏を聞いているかのような臨場感」と高評価だ。
辻井さんの音楽家としての原点には、両親の存在が大きく影響している。
「生後8カ月の頃から、母がよくクラシック音楽のCDをかけていました。その中でもショパンの曲が好きだったようで、よく曲に合わせてリズムを取っていたみたいです。そういうこともあって僕にとってショパンは本当に大好きな作曲家」で「ピアノを始める原点」だという。
そんな辻井家だが、世界的ピアニストを生み出した両親は伸行さん本人のやりたいことを尊重しながら、多くの体験を積ませてきたようだ。
「僕の両親は音楽とは全く縁がないってのもありまして、楽器もピアノも趣味でやっていた程度で全然音楽家ではなかったのですが、僕がやりたいようにやらせてくれていました」と語る。特に印象的なのは、音楽以外の経験を積極的に提供してくれたことだ。
「美術館に連れていってくれて絵の説明をしてくれたり、花火を見に行って今、何色の花火が上がってるよとか説明してくれたり」と、豊かな感性を育む環境があったことを振り返った。
最後に、辻井さんに今後どんなことにチャレンジしたいかという質問があった。
音楽以外では最近、忙しくてできていなかった趣味の「山登りや釣り、そして陶芸を続けていきたい」と語っていた。
音楽では「ロシアの作品とかソロ作品とかもレパートリーに加えていきたい」と語りつつ、一番の夢は「ベートーヴェンの全32曲あるピアノソナタ全曲に挑戦してみたいなというのがあります」と語っていた。
2027年はベートーヴェン没後200年とのことで、その頃までに辻井さんがチャレンジを終え、Apple Music Classicalの空間オーディオで聞かせてくれることを期待したい。
ステージではMCによるあいさつが終わった後、辻井さんが突然マイクを握ってこういったイベントで演奏する機会があまりなく、たくさんの拍手ももらえて楽しかったと語り、元々の予定にはなかったリストの「ラ・カンパネラ」をアンコールで演奏した。
そして、満面の笑みで喝采を浴びた後、楽屋へと姿を消していった。
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