Appleは、現在も欧州当局との対話を「常時継続中」だ。しかし、その成果は限定的である。「改善の兆しはあるか?」という質問に対し、「目を細めて見れば、時々」という苦渋に満ちた回答が返ってきた。
「率直に言って、これが我々が本件についての問題意識を喚起しようとしている理由の1つです。ヨーロッパでの状況改善を期待してはいるものの、日本のように同様の規制導入を検討している国々が、ヨーロッパの失敗から教訓を得て、問題を多角的に捉える必要性を理解してもらうことの方がより重要だと考えている」とAppleの責任者は言う。
「法律を実装するときに起こり得る現実の問題を明らかにすることなく」この理想を売り込むのは無責任であり、「政府が規定的に『そうしろ』と言うだけで、全てがうまくいくというほど単純なことはけっしてない」と言うのがAppleの論だ。
ここで根本的な疑問が浮かび上がる。そもそも「競争促進」は誰のためのものなのだろう。
ジョズウィアック氏は「少なくとも、ユーザーから出てきた要求ではない。非常に少数の開発者と、説得力のあるロビイストから生まれたものだ」と語る。現在、欧州のユーザーは機能の遅延や制限という形で、その代償を払わされている。
「ヨーロッパのユーザーも、これを求めていなかった」にも関わらず、「彼らが事態を把握する間もなくヨーロッパではことが進んでしまい、もはや手遅れになりつつある」(ジョズウィアック氏)
この反省を生かして、日本はヨーロッパの真似をするのではなく、日本の一般の国民にとって何が最善かを考え、独自の判断をすることが求められている。
経済の低迷で、日本企業の利益を優先したくなる気持ちは分からないでもない。しかし、こうした規制を加えたところで、実際に利益を得るのは、本当に頑張って欲しい企業ではなく、Appleとの競争に他国政府を巻き込もうとする他のビッグテック企業や、日本企業だとしても既に十分過ぎるほど大きくなった一部のIT企業だ。
数的には圧倒的にそれを上回る中小企業の開発者たちは、スマホ新法に対して反対であったり、懐疑的であったりしたことは、これまで数年間さまざまな取材でレポートを続けてきた。
「【資料1】Apple Inc.提出資料1」として、公正取引委員会のホームページからダウンロードできるAppleが2024年3月に作ったホワイトペーパー「デジタル市場法 (DMA) の順守」では、後半でDMAが必ずしも市民の声を反映した法律ではないと紹介し、同法に反対するヨーロッパ市民の声を掲載している現時点で、AppleはDMAと日本のスマホ新法の間に重要な違いを見出している。実際、Appleは「日本政府と数年間にわたって継続的な対話を続けてきた」と、その関係構築への努力を強調した。その結果、「(Appleの)技術を無償で提供させない」姿勢や、「より慎重で思慮深いアプローチ」が示されるなど、欧州のDMAと比べると理にかなった内容になっていると、Appleは日本政府の慎重な姿勢に感謝している部分も多い。
「日本は技術を中心に成長してきた産業がある」ことから、「知的財産を単純に無視することはない」「イノベーションへのインセンティブを単純に無視することはない」という歴史的背景もあり、日本政府が引き続きそうした配慮を続けてくれることに、大きな期待も寄せている。
ただ、完全に楽観視できない側面もある。Appleが一番懸念しているのは「本当に合理的で居続けられるのか、それともMetaなどの影響力のある企業の声に耳を傾け始めるのかは、法律に実効性が生まれた後まで分からない」というのがAppleの最大の懸念だ。
法律の条文と実際の運用は別物だ。「法律はもう成立している。だが条文が実際に執行される時――官僚が企業や政治的圧力にさらされながら具体的な判断を下す時に、致命的な間違いが起きる可能性は極めて大きい。ヨーロッパで我々が見てきたのは、まさにその最悪のシナリオが現実となった姿だ」とジョズウィアック氏はいう。
その答えは近い将来に明らかになる。「我々は向こう3〜6カ月で多くのことを学ぶことになるだろう」(ジョズウィアック氏)
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