政府がiPhoneを“再設計”!? Apple幹部が示す消費者無視の規制への懸念 スマホ新法の施行を迎える日本はどうなる?(2/3 ページ)

» 2025年09月22日 06時00分 公開
[林信行ITmedia]

Apple製品に発生する機能の遅延/制限/完全な停止

 ヨーロッパのiPhoneユーザーには、既にこの競争促進規制の実害を被っている。

MacからiPhoneを遠隔操作できるiPhoneミラーリングやライブ翻訳機能が、ヨーロッパでは利用できないのだ。

 中には、Appleがこれを欧州委員会への報復措置として行っていると誤解している人もいるが、Appleはそうではないと主張している。そもそも、ライブ翻訳機能などは、まさに言語が入り乱れるヨーロッパを主なターゲットとして開発していた機能だろう。

 「ユーザーのプライバシーを保護しながら機能を提供する方法が見つけられないため、機能提供を遅延させるか、できることを減らす形で機能を提供するか、あるいは全く提供しないか」機能単位で慎重に検討して対応を計っているというのがジョズウィアック氏の説明だ。「機能が使えないことに対して、ユーザーが不満を持つのは当然」と困った表情を浮かべていた。

 具体的に分析してみよう。例えばiPhoneミラーリングは、ある意味、あなたのiPhone上の全情報にアクセスできてしまう危険をはらんでいる。今はAppleが安心/安全な方法で提供しているから利用ができるが、もし欧州委員会に「他社製品からも利用できないと不平等」と言われ、アクセスを強要させられてしまうと、その結果、iPhoneに意図しない人々からのハッキングアクセスの危険が増えるなどの状況が容易に想像できる。

 ライブ翻訳も、戦地で取材した反政府活動家の発言から、警察や医師との会話など、秘匿性の高い会話をマイクから拾って記録する可能性がある。ここにもし「連携強制」が加わり、悪意ある企業に共有できるようになると、結果的にiPhoneが重要情報を漏らしたことになってAppleが責められることになる。

 Appleは同社が設けるユーザーのプライバシー/セキュリティ/インテグリティ(統合性)に関する高い保護基準を満たすのに必要な技術的対応の基準を設けており、これをクリアできない限り、他社のアプリに複数マイクへのアクセスを許可するAPIは提供できないとしている。

 スマホ新法の実施方法次第では、日本でも欧州同様に機能提供が行われない可能性は十分にある。

Apple グレッグ ジョズウィアック アップル スマホ新法 再設計 DMA プライバシー DMAで損害を受けているのはユーザーだけではない。ヨーロッパでアプリを展開している開発者も、自分のアプリの利用者が被害に遭わないように設計を配慮したり、複数のアプリストアごとの状況の違いを把握してアプリ展開を考えたりと新たな負担が増えている。これは競争法で利益を得る大企業には小さな負担だが、中小の開発者には大きな負担だ。Appleも、そういった事情を開発者に伝える専用Webページを作成するなど余計な負担が増えている。

「魔法的な体験」の終えんとイノベーションの阻害

 ジョズウィアック氏は、欧州DMAが技術革新を阻害する可能性についても指摘している。

 例えば、AirPodsのケースを初めて開いた瞬間、iPhoneの画面に現れる接続用の小画面を多くの人は「魔法のような体験」と称賛している。しかし、この体験は欧州では得られない。

 欧州のDMAでは、「(Apple製品に組み込まれた機能は)リリースした瞬間から他社製品でも全く同じクオリティーで動作することが義務付けられているという。

 「一見すると(平等で)理にかなった要求に思えるだろう」とジョズウィアック氏。

 しかし、この要求はイノベーションの根本的なプロセスを否定している、と非難している。

 Appleが長年培ってきた技術力と設計思想により、本来なら更に高次元の「魔法的な体験」を提供できるにもかかわらず、技術的に劣る他社製品に合わせて意図的に体験の質を下げることを強要されているのだ。

 Appleは「何年も前から他社製品のための機能提供を続けてきた」実績があり、「数十万のAPI」を開発者に提供している。しかし、「第三者にアクセスを提供する際は、常に非常に慎重に行ってきた」とジョズウィアック氏は続ける。

 一方で、欧州のDMAは企業が差別化要素を失うことを強制し、しかもAppleがその努力に見合う対価を得ることもできない仕組みになっている。

 「あなたは最も性能の低い製品に合わせて設計することを強制され、差別化も許されず、しかも補償も得られない。完全にばかげている」とジョズウィアック氏は不満を露わにした。

縦割り行政が生む構造的問題とプライバシー団体の沈黙

 欧州での規制運用において、Appleが特に問題視しているのは行政の縦割り構造だ。「競争担当の人々と会話をし、プライバシーの問題を提起すると、彼らは『それは私の仕事ではない』『それは私の問題ではない。私の担当は競争だ。それは他の誰かの問題だ』または『それはあなたが解決すべき問題だ』」という。

 この縦割り思考は、規制の全体像を見失わせる深刻な問題だ。競争促進とプライバシー保護は本来バランスを取るべき要素であるにも関わらず、「全体像を見ていない」状態で規制が進められている。

 そしてこの問題は、欧州だけに限らず日本にも通底している。スマホ新法の議論をしてきたのは公正取引委員会、経産省、総務省だが、これまで議論を見てきたが公取委と経産省の「競争促進」の議論ばかりが優先され、総務省や消費者庁が指摘している「プライバシー・セキュリティ・青少年保護等とのバランスを取る必要性」の議論が、「対応すべき」とするだけで具体策もないまま無視して先に話を進めてしまっている。

 これまで、Appleがプライバシーやセキュリティを最優先に考えて、現在のApp Storeの形にまとまり、他プラットフォームとは比べ物にならないほどマルウェアが少なく、安全な環境ができあがっていたのに、それを一度、壊させた上で、壊したことで生じる余計な手間を全てAppleに負担させるということであれば、それはあまりにも理不尽だろう。

 技術に明るくない人のために比喩を使うと、これまでのiPhoneを情報を守る金庫とするなら出入り口をApp Store1つにしておき、そこをしっかり守ることで安全性が保たれていた。しかし、競争が大事とするスマホ新法では、そこに他社による第2のドア、第3のドアを開けさせようとしている。

 安全性が下がるのは当然だ。そこで「安全性が損なわれる」と議論が浮上すると、そこはプラットフォーム企業が責任を持って安全性を保つ必要がある、といった議論がこれまでの議論で度々、浮上している。

 つまり、2番目のドアと3番目のドアの門番やセキュリティ機器もAppleに負担させるというのだ。最もこれをそれらのドアを開けさせる他企業に任せたところで、どれだけ信頼のおける門番やセキュリティ機器を用意してくれるかは、その会社任せになるので不安が残るのだが……。

 昨今、世界中で自国第一主義が広まり、ここ日本も例外ではなく、「それで日本の企業がもうかるなら(あるいは損をしないなら)それでいい」という打算があるのかもしれない。だが、果たして本当に問題がないのだろうか。

 確かに今、標的になっているのは、AppleやGoogleなど、いわゆるビッグテックというレッテルを貼られた企業で、日本の政府や企業も、相手はもうかっている会社だから良いと考えている人もいるだろう。

 しかし今後、欧州でソニーや任天堂のゲーム機のゲーム市場が「支配的」と見なされた時、これらの企業も同等の制裁を受けることは十分ありえる。その際、日本政府にAppleだけではなく、これらの企業に対しても同様の措置を取るべきではないかと追求する議論が生まれることが容易に想像できる。

Apple グレッグ ジョズウィアック アップル スマホ新法 再設計 DMA プライバシー 8月に慶應大学で開かれたシンポジウム「データ駆動社会におけるプライバシー保護の重要性」では、名古屋大学大学院法学研究科の林秀弥教授が従来の競争法が主に「価格」の競争に焦点を当て過ぎており、現代のデジタル社会の実態に合っていないと指摘した。無料のサービスが主流であるプラットフォーム経済において、サービスの「品質」の一部であるプライバシー保護のレベルが不当に引き下げられることは、価格競争では見えない消費者への重大な不利益であると競争法の問題点を指摘した

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