2020年秋に正式リリース予定のMac OS Big SurのSafariには、こんな機能が追加されている。
表示しているWebページに仕込まれたトラッカー、つまりユーザーに隠れて利用動向を監視している他サーバに制限をかけるのだ。ツールバーの「Privacy Report」というアイコンをクリックすると、どれだけ多くのトラッカーをブロックしたかを誇らしげに一覧表示する。Appleが2017年から始めたSafariの抗トラッキング機能、「Intelligent Tracking Prevention」(ITP)の最新進化形だ。
いち早く開発者向けβ版を試した人たちからは、アクセス解析の定番、Google Analyticsまでブロック対象になったと話題になり、米国の一部ニュースでも大きく取り上げられた。だが、この報道は少し誤解を招く。実際には、制約はかかるもののGoogle Analyticsはこれまで通りに使えるようだ(詳細は後述)。
Appleは、この3年ほど「プライバシー保護」の姿勢を積極的に訴えてきた。
振り返れば2000年代以降のIT業界のプライバシーやセキュリティー問題の多くは、企業や消費者が後のことを考えず「便利」ばかりを求めて「雑」に技術を作ってきた弊害であることが多い。我々はこの「危険だけど便利」を安易に受け入れ過ぎてきた。
この流れをそのまま続けていては、やがて収拾がつかなくなる。そこでAppleは2017年前後にデジタルライフスタイルの「安心・安全」をもう一度根底から見直そうとかじを切り直した。そして一旦は便利を捨て、それよりもしっかりとプライバシー保護に向き合って、安心できるセキュリティーに配慮した形でさまざまな製品の再設計を始めた。
そのせいでApple製品の利便性が一度は少しだけ落ちたが、水漏れのないしっかりとした基盤ができあがってきたことで、2019年くらいからは「安心、安全。それにも関わらず便利」なサービスを発表し始めている。
同社が何といっても強いのは、Safariのようなアプリだけではなく、それを動かすOS、さらにはOSを動かすハードウェアも自ら手掛けて、適材適所でのプライバシー保護/セキュリティーの機能を盛り込めることだ。
例えば最新のMacBookシリーズでは、既にソフト的にかなり難しくなっているが、それでも万が一マルウェアが忍び込んだとしても、本体を閉じた状態ではマイクがハードウェア的にオフにされてしまうために、どんなによくできたマルウェアでも物理的に盗聴ができない、といった工夫が施されている。
今回のWWDCで一番の話題となったMacの新プロセッサ「Apple Silicon」への移行でも、プロセッサを独自に開発することで、一番ガードも厚い中枢部分に「Secure Enclave」という、指紋や顔認証データなどの秘匿性の高いデータを守る仕組みを組み込めるというのも、無視できない大きなポイントとなっている。
他社製アプリ提供のガイドライン、アプリの開発環境やアプリの設計、OS、ハード、プロセッサ、さらにはその裏のクラウド/ネットワークサービスまで、全てが一枚岩となったプライバシー保護やセキュリティー対策を提供している会社は、業界広しと言えどもAppleただ1社しかない。
2019年からのAppleは、この鉄壁の守備が固まりつつあることを受け、行方不明のMacの場所を特定するという、プライバシーを侵害しないとできないようなサービスを安全な方法で形に変えて提供「する」など攻めの戦略が始まっており、WWDC20でもプライバシー侵害の温床になりやすいWebブラウザー用プラグイン(機能拡張)を、技術と利用手順の両方を見直すことで安全な形に変えて提供というサプライズを用意していた。
汎用(はんよう)の部品と汎用のOS、そして汎用の開発環境で帳尻を合わせながら製品を作る他社に、これと同じレベルのプライバシー保護やセキュリティを要求するのは酷な部分もあると思う。だが、Appleがゴールドスタンダードを提示するからには、これからは他社もそれに準じた対策を取る必要が出てくるはずだ。それは、いかにしたらできるのか。そのヒントを一緒に探すのがこの記事の目的だ。
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