ここで、スマホ新法によく似たものが先に施行されているヨーロッパの状況に目を向けてみよう。
スマホ新法の実現に向けて推進してきた日本の政府や官僚たちは、このスマホ新法が通ることでスマートフォン市場が活性化し、日本の中小のソフト開発者が潤い経済が活性化することを夢見ていたと思う。また利用できるアプリの選択肢が増えて、ユーザーがその利便性を享受している未来を夢想していたかもしれない。
果たしてヨーロッパのスマホアプリ市場は、本当にバラ色に変わったのだろうか。
まずユーザーの視点で見ると、新しいストアが出てAppleに支払う費用がなくなったからと、アプリを値下げする開発者は少数派で、90%以上のアプリは価格を据え置いたままだという。
単にアプリの売り上げによる収益を得る相手が、AppleからEpic Gamesなどの別の大企業に移転しただけだ。おまけに複数ストアを使うことになったために、アプリで不具合などが生じた際のサポートや補償の手順も複雑になった。
これまでAppleの仕組みであれば、必要以上にサブスクリプションサービスに登録してしまっても、アカウントの管理画面でどのようなサービスにサブスクリプションしているかを一望でき、使っていないサービスの購読を停止といった管理が簡単にできたが、これもできなくなる。
また、子どもが自分のiPhoneでアプリやアプリ内課金のアイテムを買おうとした時、一度、親のiPhoneに購入の承認申請を飛ばして、親が承認したら購入できるという「承認と購入」という仕組みも用意されていたが、他社ストアではこういった仕組みも利用できず、親は子供たちが目の届かないところで、どんなアプリを購入しているか不安のまま過ごすしかない。
それらに加えて、MacからiPhoneを操作できる「iPhoneミラーリング」機能など、一部のiOSにからむ最新機能をヨーロッパでは利用できない。
なぜなら、下手にこの機能を解放してしまうと、その法律の拡大解釈によって大事な個人情報がたくさん詰まったiPhoneを他社製ソフトで遠隔操作でのぞけるようになり、悪意のある人々によって情報が抜き取られる可能性が増大するからだ。
今のところ、日本のスマホ新法はこういったApple独自技術へのアクセスを強要するような項目は盛り込まれていないので大丈夫だとは思うが、ヨーロッパではこれまで保護されていたiOSのシステム機能へのアクセスを開放する「相互運用性の義務付け」まで行われており、ユーザーが日頃どんなWi-Fiネットワークに接続しているかという、これまでAppleがのぞき見していなかった情報が、Metaを含む一部のアプリ開発者の要求に応える形でアプリ開発者に公開することを強制されようとしている。
Appleは、この情報が共有されればiPhone利用者の自宅や仕事場の住所などが特定される可能性があるとして強く抗議している。
2007年にiPhoneが登場した際、当時のスティーブ・ジョブズCEOはセキュリティや品質管理の懸念から、外部開発者が自由にアプリを作ることに強く反対していた(当時はSafari上のWebアプリで十分だと主張していた)。実際、多くの開発者はiPhoneの画面サイズに合わせたWebアプリを開発し提供していた。この図のNHK時計もその1つだ。そんな中、現Appleフェローのフィル・シラー氏らが、自分のクビをかけてApp Storeをやるべきだとジョブズ氏に進言。ジョブズ氏の懸念を払拭するために、App Storeは人力でアプリを審査するという、それまでの常識では考えられないセキュリティを重視した設計を押し通し、安全なアプリ実行環境となった。アプリ市場の経済的成功が、最も大事にしていたセキュリティを脅かすことになるとはスティーブ・ジョブズ氏も想像していなかっただろうAppleはEUの状況を見て、スマホ新法制定を足がかりに開発者からの要求がどんどんとエスカレートしてくることを懸念している。
例えばApp Store以外からアプリを入手した場合には、アプリの安全性基準や管理の上での快適さが異なるため、iOSでは他ストアからアプリをダウンロードする際に注意書きを表示するようにしていた。
AndroidにGoogle純正のアプリストア「Play ストア」とロゴも名前も見分けがつかないマルウェア配布用の偽のPlay ストアがいくつか存在している状況などから考えても適正な措置だと思う人も多いだろう。
しかしその後、Epic Gamesは「この警告文がEpic Games Store」からのアプリのダウンロードを阻害しているとして、警告文を表示しないことをEUに求め、ルール化され警告文が取り除かれることになった。
来日会見したスウィーニーCEOによれば、この警告文の取り除きで、Epic Games Storeからのアプリのインストールの成功率が35%から75%に向上し、それはEpicにとっても輝かしい「Appleに対しての勝利」だと述べていた。それは今後、もし審査の見逃しでマルウェアなどを流通してしまうストアが出てきた時に、そのマルウェアのインストールが成功してしまう確率とも呼応しているはずだ。
我々はこの法律の適応範囲がいたずらに拡大しないよう、今後も継続的に動向を注視していく必要がありそうだ。
では、開発者の側に目を向けてみよう。スマホ新法よりもさらに急進的な法律を施行したことで、ヨーロッパのソフトウェアビジネスはどれだけの利益を上げたのだろうか。
欧州での規制緩和によって削減された手数料分の利益のうち、実に86%以上はEU圏外の大手開発者の懐に入ったという 。つまり競争法の施行によって潤ったのは地元のスタートアップや個人開発者ではなかった。
独自の決済システムやストアフロントを構築し、各国の税制に対応し、少なくとも現状においては顧客サポート体制を敷く体力があるのは、ごく一部の巨大企業、つまりEpic Gamesなどを含む主に中国や米国に拠点を置く巨大テック企業のみのようだ。
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